飼育個体は十八頭

【北浜動物園・霊長類舎事故記録】

対象:ニホンザル飼育群

登録数:十八頭

夜勤担当:二見ヶ浦叶人

 六月九日、午前六時。

 早番職員が飼育舎を確認したところ、個体数は十八頭で登録数と一致した。

 ただし、個体識別札C―14「カガリ」が見当たらず、代わりに未登録の成獣雄一頭を確認。

 同時刻、夜勤担当の二見ヶ浦が所在不明となった。

【監視映像】

二十三時四十一分

 二見ヶ浦が単独で飼育舎へ入る。

二十三時四十七分

 照明が消える。

零時十二分

 二見ヶ浦の制服を着た人物が退室。

 顔は帽子とマスクで確認できない。

 人物は職員用扉を使わず、外柵を四肢で登って園外へ出た。

 同時刻以降、個体カガリの姿は映像にない。

【未登録個体の特徴】

・人間を極端に恐れない。

・水場へ入ることを拒む。

・餌より先に職員室の鍵へ手を伸ばす。

・右手首へ、二見ヶ浦の職員証を紐で巻いていた。

・ガラスが曇ると、指で平仮名に似た線を書く。

 初日は〈かな〉

 二日目は〈かなと〉

 三日目は〈ぼく〉

 偶然の動作と判断し、記録のみとした。

【家族確認】

 二見ヶ浦の配偶者が来園。

 未登録個体は配偶者を見ると、ガラスを二回、間を置いて一回叩いた。

 これは自宅で使用していた呼び鈴の故障に合わせ、夫婦間で決めていた合図とのこと。

 配偶者は個体の左耳の裏に、二見ヶ浦が幼少時の手術で残した傷と同じ形の瘢痕を確認したと主張。

 園側は、人と動物の身体的同一性を示すものではないと説明した。

【園外情報】

 失踪翌朝、二見ヶ浦宅の防犯カメラに本人らしい人物が映る。

 人物は玄関の鍵を使用できず、雨樋を登って二階の窓から侵入。

 冷蔵庫の果物を皮ごと食べ、配偶者へ威嚇したのち逃走。

 現在も行方不明。

【処置決定】

 未登録個体は飼育上の危険性が高く、群れにも受け入れられていないため、六月十四日に麻酔下で安楽処置を行う。

【最終追記】

 処置当日の朝、ガラスに文章が残されていた。

〈そとにいるのがカガリです〉

〈ぼくはかなとです〉

 職員が消すまで、未登録個体は自分の名前を指さし続けていた。