黒板の三角形
数学の先生が、黒板に大きな三角形を描いた。
「三つの頂点を、それぞれA、B、Cとする」
隣の親友が、ノートの端に小さく書いた。
『今日、告白する』
私は先生の声が遠くなった。
制服のポケットには、朝から折り直してばかりの手紙が入っていた。宛先は、親友と同じ人だった。
私たちは何でも話してきた。好きな教科も、苦手な先生も、給食で最後まで残したものも。けれど恋だけは、互いに黙っていた。
『誰に?』
分かっているのに書いた。
親友は、その人の席を目で示した。窓際の前から二番目。授業中なのに、外の雲を見ている横顔。
私は返事を書けなかった。
放課後、親友は「少し残る」と言った。好きな人も日直で残っていた。私は黒板消し係でもないのに、黒板の前へ立った。
先生が描いた三角形は、まだ残っていた。
A、B、C。
私はチョークを拾い、頂点の横へ小さく印をつけた。自分、親友、好きな人。どれがどれかは決めなかった。
教室の後ろで、親友の声がした。
「ずっと言いたかったことがある」
黒板消しを持つ手に力が入った。
「私も」
返ってきた声は、好きな人のものだった。
その二文字だけで、続きを聞く必要はなかった。
私は三角形の一辺を消した。次にもう一辺。最後に、自分だと思った頂点を消した。
チョークの粉が舞い、目に入った。
「大丈夫?」
振り返ると、二人がこちらを見ていた。親友の頬は赤く、好きな人は照れたように笑っていた。
「粉が入っただけ」
私は目をこすった。
親友は何か言おうとした。たぶん、話していなかったことを謝ろうとしたのだと思う。けれど私も同じだった。
「先に帰るね」
ポケットの手紙が角ばって、太ももに当たった。
廊下へ出ると、教室の中から小さな笑い声が聞こえた。私は階段を下りながら、手紙を一度だけ開いた。
書いてあったのは、たった三行だった。好きです。返事をください。これからも話したいです。
最後の一行だけ、親友への言葉にも読めた。
昇降口のゴミ箱へ捨てようとして、やめた。手紙を細かく破り、ポケットへ戻した。
翌朝、黒板には新しい図形が描かれていた。先生は何事もなかったように言った。
「今日は平行線について説明する」
私は少し笑った。
親友がこちらを見た。私の目が赤いことに気づいたらしい。
机の下で、彼女の指が私の指先へ触れた。
平行線は交わらない。でも、同じ方向へ進むことはできる。
その日、私は初めて、三角形から外れた自分の場所を考えた。