黒死の種を荒野へ蒔く

種蒔き女ネフェリは、黒斑病の隔離区へ一人で入った。

患者の皮膚には黒い粒が浮かび、咳をするたび床へ小さな種がこぼれる。大神官はそれを罪の印と呼び、夜明けに区画ごと焼けと命じた。治療師たちは感染を恐れ、門の外から祈るだけだった。

「畑女が病を治せるものか」

衛兵はネフェリの種袋を槍で裂いた。彼女の職業は《種蒔き》。薬草を育てても功績は薬師のものになり、日照りなら農民の責任にされた。

技能欄も地味だった。

【一斉播種:触れた一粒と同じ種を、指定した一枚の畑へ蒔く。種の所在と数は問わない】

ネフェリは患者の枕元に落ちた黒粒を拾った。硬い殻の内側で、呪いが脈打っている。病ではない。誰かが人の体へ蒔いた種だ。

大神官は焼却命令を急がせた。隔離区の住民が死ねば、救済用の寄付金を横領した証拠も消える。彼の白い法衣の袖から、同じ黒粒が一つ転がった。

鐘が鳴り、油壺を持った兵が門を囲む。

ネフェリは黒粒を掌へ載せ、城外の塩荒野を指した。かつて罪人の畑と呼ばれ、草一本育たない土地だ。周囲には古い焼却結界が残っている。

「種なら、畑へ返す」

技能を使ったのは一度だけだった。

隔離区の全員が同時に咳き込んだ。皮膚の下、肺の奥、血管に潜んでいた黒い粒が光となって抜け、窓も壁も越えて荒野へ飛ぶ。大神官の袖、指輪、杖の空洞からも、隠していた種が噴き出した。

数百万の黒種が塩の大地へ一斉に蒔かれる。

次の瞬間、荒野を覆う黒い芽が伸びた。人の生命を吸えない芽は互いを食い、焼却結界の中で青い炎になって消えた。

患者の斑点は薄れ、泣いていた子どもが深く息を吸う。大神官だけが空になった種袋を抱え、衛兵たちに囲まれていた。

ネフェリの足元では、裂かれた袋からこぼれた麦が一粒、朝日を受けて芽を出した。

焼却用の油は治療院の灯へ回され、隔離門が内側から開いた。助かった人々が歩いて出てくると、祈るだけだった治療師たちは道を空ける。大神官は自分の印章が付いた種袋とともに拘束され、最初の証人になったのは、彼に罪人と呼ばれた少女だった。

《職業が【種蒔き女】から【万命播種聖】へ書き換わりました》