黒煤の夜学
鉱山町グラドでは、賃金日にだけ酒場が静かになった。
坑夫たちは帳簿を読めない。監督が「道具代」「灯油代」「遅刻罰」と指で示せば、黒い指紋を押すしかなかった。今月も若い坑夫の取り分は半分に減っている。それでも抗議すれば、次の採掘班から外される。
新しい代官ドルクは、昼の学校を作ろうとはしなかった。
「坑夫が眠る時間に授業を置いても、空の椅子が増えるだけだ。鐘二つ分、交替前の夜学にする」
使われていない選鉱小屋を借り、鉱石を町外へ運ぶ荷車一台につき銅貨一枚を徴収する。坑夫の賃金からは取らない。荷車の台数、銅貨の枚数、教師と灯油への支出は、小屋の外壁へ毎晩書き足す。最大の鉱主の車にも同じ札を付けた。
鉱主は笑った。
「字を覚えたところで、石は掘れん」
すると未亡人のエッダが手を挙げた。夫の死後、事務所から追い出された元書記だった。
「石は掘れませんが、引き算なら教えられます」
誰も来ないと思われた初夜、坑夫が七人現れた。翌日は十二人。鍛冶屋が折れた白墨を溶かし直し、酒場の主人が水差しを置いた。坑夫たちは自分の名前より先に、「道具代」と「合計」を覚えた。
ドルクは夜学の名簿を鉱主へ渡さなかった。誰が学んでいるかを理由に仕事を減らされないよう、公開するのは収支と授業内容だけにした。その決まりを知ると、これまで姿を隠していた女選鉱工や外国出身の坑夫も戸をくぐった。ある者は数字を、ある者は町の言葉を隣へ教えた。
次の賃金日、監督はいつもの帳簿を広げた。
「つるはし二本分を引いて――」
最年少の坑夫ボズが、指を止めた。
「俺の班は一本を六人で使っています。この六行、同じ一本が六回引かれている」
酒場が静まり返った。監督の顔から煤より濃い色が消える。ボズは印肉へ親指を伸ばさず、エッダから借りたペンで、訂正後の金額の横に自分の名を書いた。
その夜、選鉱小屋の扉には誰かの手で新しい板が打ちつけられていた。
『黒煤夜学――今夜も、帳簿を自分で読む』