『朝礼の金色バッジ』
北辰フーズの全社朝礼で、久世原澄江は社員列の中から壇上を見上げていた。
壇上には課長の蓑輪昂が立ち、部下全員の能力を一段以上伸ばした功績を称えられている。背後のスクリーンには、期首と期末の評価比較が棒グラフで映っていた。蓑輪の課だけが、平均二・一から四・三へ跳ね上がっている。
「厳しく評価し、厳しく育てた結果です」
社長がバッジを差し出したとき、澄江は列から声を上げた。
「そのグラフ、非表示の行を戻していただけますか」
百人の視線が集まる。蓑輪は笑って、「集計用の空欄だ」と答えた。総務が元の評価表を開き、非表示を解除する。現れたのは、期首の点数だけが低く書き換えられた十二人分の行だった。
澄江の期首評価は本来四・二。表示上は一・八。ほかの社員も同じように下げられ、期末との差だけが大きく作られていた。
「移行時の不具合だ」
蓑輪の声から朝礼用の張りが消えた。
澄江は、三月末に全員へCC送信された評価確定メールをスクリーンへ転送した。添付PDFには期首の原点数が残っている。共有表の更新履歴では、そのメール送信から七分後、蓑輪が十二人の点数をまとめて変更していた。操作はコピーではなく、同じ数値を一行ずつ入力した記録だった。
「育成賞の申請締切は、その翌朝でしたね」
さらに総務が申請書を開く。蓑輪は〈平均二段階向上〉を理由に、管理職加点と特別賞与を申請していた。会議室予約には、改竄時刻の二十一時から〈育成賞資料作成・一名〉とある。
澄江は十二人の期末点が上がった理由も示した。新規研修ではなく、昨年から続けていた自主勉強会の成果で、主催者は澄江だった。案内メールの宛先には蓑輪も入りながら、一度も出席していない。育成実績まで、低くした点数と一緒に借りていた。
蓑輪は「成果が出たのは事実だ」と言い張った。だが後方の社員たちは、誰も拍手を再開しなかった。
社長は差し出した金色バッジを引き戻し、受賞者一覧の蓑輪の名を削除した。そして、評価を守るため原本メールを保管していた澄江の名を、内部統制表彰の欄へ入力した。
朝礼で鳴った二度目の拍手は、壇上ではなく社員列の中へ向けられた。