『午前九時の拍手』

月曜朝礼で、海老名琴乃は壇上に呼ばれた。商店街の空き店舗を小型物流拠点に変える企画が役員賞を取ったのだ。部長の笹森剛志は、社員百人を前に誇らしげに言った。

「琴乃君の案を私が磨き上げた。若手と管理職の理想的な共同成果です」

拍手が起きたが、琴乃は賞状を受け取らなかった。

「その企画、私が出したことになっているんですか」

笹森の眉が動いた。

「何を言っている。先週の役員会には私が提出したが、原案は君だろう」

琴乃は総務に頼み、朝礼のスクリーンへ共有フォルダの版履歴を映した。最初のファイルは三か月前、作成者は契約社員の醍醐圭吾。二十七回の更新もすべて醍醐だった。試験導入した二店舗の写真も、醍醐の業務用端末から撮影され、位置情報まで商店街の住所と一致している。退職面談のメモにも、企画を完成できなかった悔しさが記されていた。琴乃の名前が現れるのは先週金曜の十八時五分、笹森がファイル名を「海老名案」に変えた直後だけだ。

「醍醐君は退職した。本人の承諾は取った」

笹森はマイクから離れずに言った。

「では、なぜ退職日の翌日に印刷したんですか」

琴乃が次の画面を出す。複合機の認証記録には、土曜午前七時四十一分、笹森の社員証で三十二ページを出力した履歴がある。その一分前、彼は醍醐の個人フォルダを初めて開いていた。

笹森は咳払いした。

「業務上の確認だ。君も内容を知っていたはずだ」

「私は金曜まで海外研修で、社内ネットワークへ接続していません」

琴乃が出張記録を示すと、社員たちの拍手は完全に止まった。

社長が最前列から立ち、壇上へ上がった。彼は賞状を琴乃から受け取り、宛名の紙を剥がした。下から現れたのは、昨夜印刷し直した「醍醐圭吾」の文字だった。

「本人は再雇用の打診を受けている。海老名君は盗用を報告した功績で正社員登用。笹森君の部長昇格は白紙に戻す」

朝礼は、二度目の拍手で終わった。