『赤い付箋の発案者』
桐生夏生の最終面接は、推薦状の一文から始まった。
――三色付箋による誤出荷防止策を単独で考案し、全拠点へ展開した。
「素晴らしい実績ですね」
役員が褒めると、桐生は少し困った顔をした。
「単独、ではありません。最初に赤い付箋を貼ったのは派遣社員の有沢さんです」
人事責任者の乾美都は、そこで初めて顔を上げた。
「なぜ赤だったんですか」
「有沢さんは左利きで、伝票の左側に注意書きをすると手で隠れる。だから右上に、遠くからでも見える赤を貼ったんです。僕は黄色を確認待ち、青を発送保留としてルール化しただけです」
推薦状を書いた前職の物流部長は、桐生が発案者だと断言している。実績を小さく言う応募者は珍しく、役員たちはかえって疑わしそうに見た。乾がその矛盾を指摘すると、桐生は膝の上で拳を握った。
「部長は、有沢さんの契約が切れた後に、自分の改善案として本社へ出しました。僕が抗議したせいで地方倉庫へ異動になりました」
「証拠は?」
「ありません。元のファイルは消されました」
乾はモニターに、古い共有ファイルの版履歴を表示した。初版の作成者は「有沢千景」。右上の赤い付箋を写した写真と、左利きでも隠れない配置についてのメモが残っている。三週間後、部長が作成者欄を削除し、桐生名義の展開資料へ複製していた。
桐生は息を止めた。
「どうして、それを」
「削除前に私が自宅へ送ったからです。当時の有沢千景は、私です」
乾は結婚後の姓が変わったことも、抗議メールで桐生が自分をCCに入れてくれたことも、会社へは伏せていた。メールは社内調査で「送信確認できず」と処理されたが、配送ログには宛先が残っている。
役員は推薦状を裏返した。
「では、前職照会の内容が虚偽ということか」
桐生は乾を見ず、「守れなくてすみませんでした」と言った。
乾は採用会議用紙の「経歴に疑義あり」を二重線で消した。
「疑うべきは応募者ではありません。桐生さん、採用で進めます」