おばあちゃんの息を数えない
ぼくは、おばあちゃんの息を百まで数えたら、死なないと思っていた。
一、二、三。
間が長くなると、数え直した。
家の居間には介護用のベッドがあり、おばあちゃんはそこで眠っていた。看護師さんは「もう食べなくても苦しくないことが多いよ」と説明したけれど、ぼくには信じられなかった。
食べなかったら、お腹がすく。
眠ったままだったら、朝が来ない。
だから学校から帰ると、枕元で息を数えた。
四十七、四十八。
お母さんが隣へ座った。
「数えなくていいよ」
「ぼくがやめたら、止まるかもしれない」
お母さんは少し考えてから言った。
「じゃあ、息じゃなくて、おばあちゃんの話を数えよう」
一つ目。ぼくが赤ちゃんのとき、抱っこしたまま寝てしまった話。
二つ目。運動会に左右違う靴で来た話。
三つ目。カレーへ砂糖と塩を間違えて入れた話。
お母さんも知らない話があった。おばあちゃんが若いころ、家出して海まで行ったこと。お母さんが生まれた夜、怖くて病院の廊下を何度も歩いたこと。
「おばあちゃん、怖いことあったの?」
「いっぱいあったと思う。でも、怖くないふりが上手だった」
ぼくは、おばあちゃんの手を触った。冷たくはなかった。返事はないけれど、少しだけ握られた気がした。
「四つ目。怖いふりをしなかった」
「怖くないふり、ね」
「同じ」
夜、おばあちゃんの息はもっとゆっくりになった。
ぼくは数えなかった。
代わりに、今日の学校の話をした。給食のプリンをじゃんけんで負けたこと。算数の答えを間違えたこと。明日、図書室で借りる本のこと。
話の途中で、おばあちゃんの胸が動かなくなった。
「お母さん」
「うん」
「止まった」
「うん」
お母さんはぼくと一緒に泣いた。
次の日の朝は来た。おばあちゃんは起きなかったけれど、窓から同じ光が入った。
ぼくはノートを開き、昨日までの話を一つずつ書いた。
百まで届かなくても、もういい。一つでもいい。
数えるものを息から思い出へ変えれば、続きはぼくが増やせるから。