お互いさまの恋文
商店街の裏通りで、私は小さな菓子店を任されている。
朝は林檎を煮て、昼は生地を焼き、閉店後は花柄のエプロンについた粉を払う。そんな毎日に、向かいの自転車店から修理伝票が届いた。
〈差し入れの檸檬ケーキ、おいしかったです。お礼に傘の骨を直しました。笠木伊織〉
雨の日、店先に壊れた傘を置いたのを見ていたらしい。私は焼き菓子の袋へ返事を添えた。
〈助かりました。次は甘さ控えめにします。御厨文緒〉
それから週に二度、伝票と菓子袋が往復した。
笠木さんは重い車体を一人で持ち上げる。作業着の袖を肘までまくり、油に汚れた手袋で工具を操る。電話の声は低く、文面は簡潔だった。
〈焦げたところが好きです〉
〈今度、店の外で食べませんか〉
私は返事を書くのに一時間かかった。丸い字が子どもっぽく見えないよう、三度書き直した。
〈秋祭りの日、時計台の下で。白い薔薇を目印にしましょう〉
当日、焼き上がりが遅れ、私はエプロンの上から上着を羽織って走った。手には白い薔薇。時計台の下にも、同じ花を持つ人がいた。
背の高い女性だった。
短い髪、紺の作業着、油の染みた安全靴。向こうも私を見るなり、足を止めた。
「御厨さん?」
「笠木さん?」
二人同時に尋ね、二人同時に黙った。
笠木さんの視線が、私の喉元、平らな胸、花柄のエプロンへ順に動く。
「男性だったんですか」
「笠木さんこそ、女性だったんですか」
商店街の太鼓が、間の悪いところで鳴った。
笠木さんは、重い物を運ぶ仕事と低い声から、私が勝手に男性だと思っていた。笠木さんは、菓子作りと花柄と丸い字から、私を女性だと思っていたらしい。
「帰ります?」
私が尋ねると、笠木さんは薔薇で口元を隠した。
「ケーキを作った人が男性だと、味が変わりますか」
「傘を直した人が女性でも、丈夫さは変わりません」
「では、お互いさまですね」
私たちは笑って、祭りの人混みへ歩き出した。
その夜、初めて交換した連絡先へ、笠木さんから短い文が届いた。
〈次は、思い込みではなく本人を見て誘います〉
私は返した。
〈では本人として、もう一度誘ってください〉
数秒後、電話が鳴った。
低い声に胸が高鳴ったのは、最初から勘違いではなかった。