お母さんの席は空けておく
父さんが結婚したい人を連れてきた日、おばあちゃんは玄関から入れようとしなかった。
「娘が死んで、まだ四年よ」
娘というのは、ぼくのお母さんのことだ。
「四年なら結婚していいの?」
ぼくが聞くと、おばあちゃんは困った顔をした。
「そういう数の話じゃないの」
その人は、靴を脱がずに頭を下げた。
「今日は帰ります」
ぼくは袖をつかんだ。
「ケーキ持ってきたのに」
「また今度ね」
「今度がなくなるかもしれない」
父さんはぼくを叱ろうとしたけれど、ぼくは先に居間へ走った。食卓には四つの椅子がある。
一つは父さん。
一つはぼく。
一つはおばあちゃん。
残りは、誰も座らない。
お母さんが使っていた椅子だからだ。
「結婚したら、その人がここに座るの?」
ぼくが聞くと、父さんは答えられなかった。
おばあちゃんが言った。
「そうなったら、お母さんの場所がなくなるでしょう」
その人は玄関から戻り、廊下に座った。
「私は、その椅子には座りません」
「でも家族になるんでしょう?」
「家族になっても、亡くなった人の代わりにはなれません。私は私の椅子を買います」
おばあちゃんは鼻をすすった。
「簡単に言わないで。あの子のことを忘れられたら困るの」
父さんが初めて強い声を出した。
「忘れたから結婚するんじゃない。忘れられないまま、一人で子どもを育てるのが正しいとも思わない」
「ぼくは一人じゃないよ」
言うと、みんながぼくを見た。
「父さんも、おばあちゃんもいる。その人もいていい。でも、お母さんの椅子は残す」
次の週、四人で家具店へ行った。
その人は赤い椅子を選び、おばあちゃんは「派手すぎる」と反対した。父さんは茶色を勧め、ぼくは回転する椅子がいいと言った。
結局、淡い緑の椅子になった。
結婚式の日、おばあちゃんは最後まで笑わなかった。でも披露宴の帰り、緑の椅子用に小さな座布団を渡した。
「腰を悪くすると困るから」
「ありがとうございます」
「賛成したわけじゃないからね」
「はい」
家の食卓には五つの椅子が並んでいる。
空いた一脚には、今もお母さんの写真を置く日がある。
新しい家族が増えても、誰かを忘れるために席を詰める必要はないのだと、ぼくたちは少しずつ覚えた。