お母さんは星になっていません

 お母さんが死んだあと、大人はみんな違う場所を教えました。

「空から見守っているよ」

「風になって、そばにいる」

「夜になったら星を探してごらん」

 ぼくは全部嫌でした。

 空を見ても雲しかない日がある。

 風が吹かない夜もある。

 星はたくさんあって、どれがお母さんか分からない。

「お母さんは死んだんでしょう」

 そう言うと、お父さんは困った顔をしました。

「そうだけど、いなくなったわけじゃない」

「死んだのに、いるの?」

 答えてくれませんでした。

 学校の自由研究で、ぼくは家の音を集めました。

 玄関の鍵が回る音。

 炊飯器が炊けた音。

 お父さんのくしゃみ。

 姉ちゃんが階段を駆け上がる音。

 古い端末には、お母さんの音も少し残っていました。

 包丁で葱を切る音。

 洗濯物を干しながら鼻歌を歌う声。

 ぼくが転んだとき、「痛いのはここ?」と聞く声。

 先生は、「お母さんの声を残した研究だね」と言いました。

「違います。声を残しても、お母さんは戻りません」

 教室が静かになりました。

 ぼくは続けました。

「でも聞くと、そのときのぼくが何をしていたか思い出します。だから、これはお母さんを閉じ込めた箱じゃなくて、ぼくが忘れかけたときの入口です」

 発表の日、お父さんと姉ちゃんが来ました。

 お母さんの鼻歌が流れると、姉ちゃんは笑い、お父さんは泣きました。

「歌、ずれてる」

 姉ちゃんが言いました。

「昔から」

 お父さんが答えました。

 家へ帰った夜、三人で新しい音を録りました。

 姉ちゃんが焦がした卵焼き。

 お父さんが皿を落としかけた声。

 ぼくが笑いすぎて咳をする音。

「お母さんがいない音だね」

 ぼくが言うと、お父さんはうなずきました。

「これから増える、うちの音だ」

 お母さんは星になっていません。

 風にも、空にもなっていません。

 死んで、もう会えません。

 でも、だから全部なくなったわけでもありません。

 ぼくたちは、お母さんの音を時々聞きながら、お母さんの知らない音を増やしていきます。

 それが、いなくなった人を忘れずに、生きている人が先へ進む方法だと思います。