お食事前の確認事項

【会員制レストラン「エリュシオン」体験モニター記録】

参加者:阿多古静流、二十七歳

招待内容:無償フルコース、謝礼五万円

 受付で、通常の飲食店とは思えない問診票を渡された。

・血液型

・過去一年の入院歴

・服用中の薬

・飲酒、喫煙習慣

・近親者の連絡先

・死後の臓器提供意思

 静流が最後の項目について尋ねると、係員は笑った。

「食の安全と倫理に関する意識調査です」

 続いて採血と心電図を受けた。

 前日から絶食するよう指示されたのも、味覚を鋭くするためだと説明された。

 客席は五つの個室に分かれていた。

 隣室には、白髪の男性が家族と座っている。男性だけは料理を口にせず、点滴を受けていた。

 静流のテーブルには、透明なスープと水だけが運ばれた。

「フルコースでは?」

「お客様には、最良の状態でお待ちいただきます」

 係員は静流の腕に番号札を巻いた。

〈A型 肝機能良好 提供者三番〉

「提供者って、料理の感想を提供する人ですか」

「まもなく主賓へご紹介します」

 個室の壁が開き、隣の白髪の男性が見えた。

 医師らしい人物が家族へ説明している。

「三番は二十代、飲酒歴も短く、適合率は九十八%です」

 静流は立ち上がった。

 扉は開かない。

 契約書を読み返す。

 小さな文字で、〈体験中に得られた生体試料の所有権は主催者へ帰属する〉とある。署名欄には静流自身の筆跡があった。

 料理の感想を投稿すれば謝礼が出ると聞き、全文を読まずに電子署名したものだ。

「帰ります」

 係員は困ったように首を傾げた。

「お食事はこれからです」

「私は客じゃないんでしょう」

「当店では、召し上がる方も、召し上がられる方も、お客様とお呼びします」

 天井から甘い匂いが流れ始めた。

 静流の脚から力が抜ける。

 隣室では、白髪の男性の家族が乾杯していた。

「父の新しい人生に」

 静流は床へ倒れた。

 係員が腕の番号を確認し、厨房へ連絡する。

「三番、下処理に入ります。肝臓は主賓へ、腎臓は二番テーブルへ」

 薄れていく意識の中で、壁のメニューが見えた。

〈本日のおすすめ〉

〈国産・二十七年もの〉

〈健康状態 極めて良好〉

 その下には、静流が受付で撮影された笑顔の写真が添えられていた。