くしゃみ一つで清掃完了

《清掃員の作業記録がなぜ公開ライブに?》

《泥皇帝の部屋でモップ一本は撮影用だろ》

《織部蒼士、また裏で討伐班を待機させてそう》

「はっ……くしゅん!」

 反響した声を、古いヘルメット端末が「配信、開始」と誤認した。織部蒼士が気づかないまま、地下貯水槽の映像が全世界へ流れ始める。

 足元には黒い毒泥。中央では《泥皇帝グランマッド》が貯水槽いっぱいに膨らみ、避難用の足場を呑み込んでいた。壁際には浄水班が十二人、腰まで泥に埋まっている。

 排水口はすでに塞がれ、毒泥はあと十センチで飲料水の本管へ達する。討伐班は「清掃員を退避させろ」と無線で叫んでいたが、蒼士は朝の点検表を見ていた。未処理の欄が一つでも残れば、地上の水道は再開できない。

 蒼士は新品の剣ではなく、柄の曲がったモップを泥へ差し込んだ。

《泥皇帝は体積六万立方メートル》

《焼けば毒蒸気、凍らせれば配管が破裂》

《そのバケツ、容量十五リットルだぞ》

「床、壁、配管。全部まとめて汚れ判定でいいな」

 蒼士はモップを持ち上げ、バケツの上で一度だけ絞った。

 貯水槽から黒色が消えた。

 泥皇帝の巨体も、毒の膜も、壁へ染みた斑点も、渦を巻いてモップへ吸い寄せられる。最後に王冠形の核が布の間から落ち、十五リットルのバケツへ、ぽちゃん、と収まった。

 残った床は白く、埋まっていた十二人は尻餅をついている。

《え?》

《質量保存どこ行った》

《鑑定班:バケツ内は十五リットル。残りは技能空間へ「廃棄済み」》

《泥皇帝、討伐じゃなく清掃処理判定になってる!》

 蒼士は濁りのなくなった水面を見回し、満足そうに頷いた。

「よし。作業時間、二分短縮」

《そこ評価するのか》

《討伐班を待機させてたんじゃない。待機させる必要がなかった》

《清掃員の作業記録、国家機密級》

救出された浄水班長は、朝に蒼士へ「清掃は討伐後でいい」と言った本人だった。白く戻った床へ額がつくほど頭を下げる。

《水質検査、飲用基準を全項目で達成》

《蒼士の作業票、予定より本当に二分早い》

 蒼士は謝罪より、濡れた靴でついた新しい足跡を指さした。

 配信サイトの自動生成タイトルが、視聴者の通報と検証結果を受けて書き換わる。

【ただの清掃ライブ】から、

【災害級ボスを一絞りで廃棄した男】へ。

 その瞬間、同時視聴者数が七桁に変わった。