じいじはパパの中

 早月千紘が、「じいじはパパの中にいる」と言い始めたのは、祖父の嵩継が亡くなって三日目だった。

 母親の伽世は、六歳なりに死を理解しようとしているのだと思った。

「じいじは、お空へ行ったのよ」

「夜はパパの中で起きてるよ」

 千紘は譲らなかった。

 夫の冬吾は葬儀以来、よく眠った。夕食中でも目を閉じ、数分後に目覚める。そのたび、姿勢や声が少し変わった。

「この味噌は甘すぎる」

 嵩継が生前いつも言っていた言葉だった。

 冬吾は嫌っていたはずの煙管を欲しがり、妻を「伽世さん」ではなく、義父しか使わなかった幼名で呼んだ。

「お父さんの真似はやめて」

 伽世が怒ると、冬吾は本気で戸惑った。

「何の話だ」

 翌朝には、本人は何も覚えていなかった。

 四十九日の席で、冬吾は仏壇の裏から古い鍵を取り出した。

 場所を知っていたのは嵩継だけだった。鍵は蔵の金庫を開け、中には家族にも隠していた通帳と遺書が入っていた。

 姑は驚かず、冬吾の頬を撫でた。

「今回はずいぶん早く戻れたのね」

 伽世が問い詰めても、姑は「年寄りの冗談」と笑うだけだった。

 姑の首には、死んだ姑の母が使っていた翡翠の首飾りが掛かっていた。

 その夜、冬吾は嵩継の寝間着を着て眠った。

 千紘が布団のそばで、父の耳へ何かを繰り返している。

「じいじ、パパの名前は冬吾だよ。忘れないでね」

 伽世が止めると、千紘は不思議そうに首を傾げた。

「名前を教えないと、中で迷子になるんだって。ばあばが教えてくれたよ」

 冬吾が目を開けた。

 嵩継と同じ目つきだった。

「千紘、いい子だ」

 その声で呼ばれた途端、冬吾の写真が飾り棚から落ちた。家族写真の中で、夫の顔だけがぼやけていた。

 千紘は伽世の手を握った。

「ママも心配しなくていいよ」

「何が?」

「ばあばが死んだら、ママの中に入るから」

 子どもは秘密を共有するように笑った。

「そのときは、ぼくがママの名前を教えてあげるね」

 仏間から姑の声がした。

「千紘。次の順番を勝手に話してはいけません」

 冬吾の顔をした嵩継が、低く笑った。