すすぎ一回ぶん
鳥居野々香が洗濯機を回したのは、日曜の午前十時だった。
終了まで四十七分。その間に掃除機をかけ、シーツを替え、昼前にスーパーへ行く。そう決めてソファへ座り、充電中のスマートフォンを眺めた。次に目を開けたとき、窓の外は青ではなく薄い灰色になっていた。
午後六時二十分。洗濯機の表示はとっくに消えている。
蓋を開けると、濡れた服の重い匂いがした。白いシャツも、下着も、仕事用の靴下も、狭い槽の底で互いに押しつぶされている。野々香は一枚つまみ上げ、冷たさに指を引っ込めた。
休日を寝て終えたことより、洗ったものまで駄目にしたことが苦しかった。家事は自分一人のためにするものなのに、その一人すら世話できていない気がした。
洗い直すなら、洗剤を入れて最初から。けれど一時間近く待ち、全部干すところまで想像すると、背中が固まった。明日の朝に回せばいいとも思ったが、着るシャツはこの中にある。
野々香は操作パネルの〈すすぎ一回・脱水〉を選んだ。完全なやり直しではない。今日の失敗をなかったことにもできない。それでも、濡れたままの夜よりは少し先へ進める。
残り二十三分の表示を見ながら、冷蔵庫にあった焼きそばを温めずに食べた。麺は固まり、紅しょうがだけがやけに鮮やかだった。母からの着信と、仕事のグループの未読は、そのままにした。
終了音が鳴る。野々香はシャツ三枚と下着だけを浴室に干した。靴下とタオルは、乾いた洗濯かごへ移して明日に残した。全部を終えなければ眠れない、といつもなら思うところだった。
けれど今夜必要なのは、月曜のシャツ一枚だった。白い袖から水滴が落ちないことを確かめ、浴室の扉を閉める。
浴室の物干し竿には、古いハンガーが一本だけ曲がっていた。野々香はシャツの肩を何度か掛け直し、左右が揃わないまま手を離した。きれいに干せないことまで今日の評価に加えるのはやめた。換気扇を回すと、湿った空気が低い音を立てて動き始めた。
すすぎ一回ぶんだけ戻せた。今日はそれで、服にも自分にも許してもらうことにした。