つみれを崩さない
江見いちかは、友人たちが作った鶏つみれ鍋から、丸いつみれを一つだけ取り分けた。
今夜は、大学の演劇サークルで一緒だった四人の集まりだ。三年ぶりに脚本を書いたいちかが、公募の最終候補へ残った祝いでもある。皆は結果が出る前から、受賞するものとして日程を空けてくれた。店の予約名まで〈江見いちか受賞前夜祭〉になっている。いちかは入口でそれを見つけ、訂正できないまま席へ着いた。
いちかだけが、最終選考を辞退したことを言えずにいる。
応募作は、亡くなった友人が学生時代に残したノートをもとに書いた。台詞も筋も作り直したつもりだった。それでも選考が進むほど、自分の名前だけが前へ出ることに耐えられなくなった。
鍋からは生姜の香りを含む湯気が立った。つみれは箸で押すと柔らかく沈み、噛めば意外なほど弾んだ。いちかは半分に割らず、丸いまま口へ運んだ。
「昔から、きれいに食べるよね」
向かいの友人が言った。いちかは笑えなかった。
学生のころ、同じ鍋を囲むと、亡くなった友人は必ずつみれを崩した。中まで火が通ったか不安だから、と箸で二つに割り、切り口を湯気へ向けた。その癖を、いちかは作品の重要な場面に使っている。
皿には、二つ目のつみれが置かれた。今度は友人が取り分けたものだった。丸い表面に、箸で浅い線が一本ついている。
問い詰める言葉はなかった。ただ、ノートのことを知る相手がつけた線だった。
いちかは箸を当てた。線に沿えば、簡単に二つへ割れた。中から細い湯気が上がる。
鞄の中には、辞退を知らせたメールの印刷と、亡き友人の家族へ作品を読んでもらうための封筒がある。渡す勇気が出ず、今日まで持ち歩いていた。
いちかは半分だけ食べ、残りを皿の端へ置いた。それから封筒を取り出し、鍋の向こうへ滑らせた。
「先に、これを届けたい」
友人は封筒を受け取り、つみれの残りには触れなかった。
丸く保つことだけが、大切にすることではない。割ったから見える中身もある。
いちかは冷める前に残り半分を食べた。祝いの名前が消えた鍋は、それでも以前より温かく囲まれていた。