ひとつだけ小さいすいとん

葛城小春は診察券を伏せ、祖母のすいとんを温めた。

夫には、検査が長引いたとだけ連絡した。ほんとうは医師から、治療をもう一段階進める説明を受けた。費用も痛みも増える。その場でうなずいたのに、帰りの電車では、もうやめたいという言葉しか浮かばなかった。

言えないのは、夫が望んでいるからではない。彼は何度も「小春が決めていい」と言った。それでも治療をやめれば、二人の未来を自分一人で狭くするように思えた。結婚したとき、祖母は子どもの予定を尋ねず、「二人分の鍋は買ったか」とだけ聞いた。その祖母にさえ、治療を始めたことは話せないままだった。

冷凍してあった祖母の出汁へ、レシピどおり小麦粉を手でちぎって落とす。祖母は丸めなかった。大きいもの、薄いもの、指の跡が残るもの。鍋の中に六つ、最後だけ小さく落ちた。

生姜の香りを含んだ湯気が上がる。小春は熱い汁をすすり、すいとんを一つ噛んだ。表面はやわらかいのに、中心には少しだけ弾力があった。

一つ、二つ、三つ。

治療の日は、食べた数を覚えていないことが多い。薬の時間と採血の数字ばかり数えて、空腹を後回しにする。

五つ目を食べると、器の底に小さい一つだけが残った。小春はそれを夫の分として別皿へ取ろうとした。帰宅の遅い彼に、いつもそうする。自分が食べきれないものを、気づかいの形に変えて渡す。

けれど今夜は、匙の縁で半分に切った。

片方を食べる。もう片方は汁の中へ戻す。

全部食べることも、全部残すこともできなかった。だからといって、決められない自分が間違いだとは限らない。

夫から〈迎えに行こうか〉と届いた。小春は反射的に〈平気〉と打ち、送る前に消した。迎えが欲しいかどうかさえ、相手を安心させる答えより先に考えたことがなかった。

祖母のレシピには分量がない。粉の欄には、〈食べる人の手に乗るだけ〉と書かれている。

小春は診察券を表に返し、次回予約の時刻を見た。取り消し画面は開かず、夫へのメッセージを先に開く。

〈続けるかどうかじゃなくて、やめたいと思った私の話を聞いてほしい〉

送信してから、器へ蓋をした。

半分のすいとんは、彼に食べてもらうためではない。明日の小春が、もう一度自分で選ぶために残した。