ひとり分多い食卓
高齢者住宅の配膳ロボットは、入居者番号と食事制限を間違えなかった。
塩分、硬さ、刻み方。
人の好みより、医師の指示を優先する。
食堂の隅では、いつも二人の女性が向かい合っていた。
一人は漬物を残し、もう一人がこっそり食べた。
配膳ロボットが警告すると、
「これは交換ではなく救助です」
と二人は笑った。
冬、片方が亡くなった。
残された女性は同じ席へ座り、向かいの椅子を空けたまま食べた。
配膳ロボットは登録人数どおり、一膳だけ置いた。
「今日は二人分よ」
「入居者情報に該当者なし」
「この子は数字しか分からないの」
女性はそう言いながら、ロボットの冷たい取っ手へ、小さな毛糸のカバーを編んだ。
「あなたも手が冷えるでしょう」
機械に手はない。
それでも翌朝、食堂には一膳多く並んでいた。
空の椅子の前に、湯気の立つ茶碗が置かれている。
職員は誤作動だと思い、回収した。
次の日も同じだった。
登録を確認し、再起動し、設定を初期化しても、配膳ロボットは一日一度だけ、誰も座っていない席へ食事を運んだ。
不思議なことに、席は毎日違った。
妻を亡くした男性の向かい。
退院した友人を待つ女性の隣。
家族が面会へ来なかった誕生日の席。
空いているのに、誰かの不在でふさがっている場所だった。
やがて入居者たちは、その一膳を皆で分けるようになった。
漬物は塩分制限のない人が食べ、果物は小さく切って回した。
「今日は誰の分だろう」
そう話すうち、空席の人の話が始まった。
亡くなった妻の口癖、転居した友人の歌、若い頃の家族旅行。
最初の女性は、向かいの一膳から漬物を一切れ取った。
「救助です」
配膳ロボットへ言うと、警告音は鳴らなかった。
春、女性も住宅を去った。
その朝、毛糸の取っ手カバーだけが残された。
配膳ロボットはいつも通り、一膳多く運んだ。
今度は食堂の中央、誰の席でもない場所だった。
職員が片づけようとすると、入居者全員が止めた。
茶碗を囲み、それぞれが一口ずつ食べた。
一人分は、全員へ分けるとほんの少しになる。
けれど思い出を話し始めるには、それで十分だった。
配膳記録には今も、毎日一食の誤差がある。
誰も修正を申請しない。
数字に入らない人も、食卓からいなくなるとは限らないからだ。