ひびを隠さない仮面
硝子仮面の都では、人が嘘をつくたび、仮面に細いひびが入る。
仮面師オルシェのもとへ、ヴェルナは毎月同じひびを直しに来た。
右の頬から唇へ伸びる一本。彼女が婚約者へ「あなたとの結婚が楽しみです」と告げるたびに生まれる傷だった。
オルシェは理由を訊かなかった。
透明な樹脂を流し、磨き、光にかざせば見えなくなるまで直した。
「あなたは上手ね」
「嘘を隠す仕事ですから」
「嫌な言い方」
「事実です」
婚礼前夜、ヴェルナは最後の調整に訪れた。
純白の衣装をまとい、仮面には今までで最も深いひびが入っていた。
「彼に何と言ったのです」
「明日から、あなた以外を見ません、と」
オルシェの手が止まった。
この結婚で二つの商会が結ばれ、彼女の家は破産を免れる。婚約者は誠実な男で、ヴェルナを大切にしていた。
ただ、彼女が愛しているのは彼ではなかった。
「直してください」
「もう直せません」
「なぜ」
「直したくないからです」
オルシェは工具を置いた。
「あなたが好きです。最初にここへ来た日から。ひびの理由も知っていました。知らないふりをしていれば、毎月あなたに会えた」
ヴェルナは目を閉じた。
新しいひびが、仮面の左側に走った。
「今、何を隠したのです」
「何も」
「それが嘘です」
彼女は苦く笑った。
「私もあなたが好き。だから直してほしかったの。明日、迷わず嫁ぐために」
オルシェは仮面を受け取り、傷へ金を流し込んだ。
ひびは消えず、細い金色の線として残った。
「隠してくれないの?」
「嘘をなかったことにはできません。壊れたままでも歩ける形にするのが、今夜の僕にできることです」
夜明け、ヴェルナは婚礼へ向かった。
金のひびを見た人々は、特別な祝いの装飾だと思い、口々に褒めた。
彼女だけが、それが告白の跡だと知っていた。
オルシェだけが、彼女の笑顔のどこまでが嘘かを知っていた。
二人の秘密は暴かれたのに、二人は結ばれなかった。
それでも仮面のひびは、もう隠されていない。
愛していたことだけは、都じゅうの光を受けて、誰にも読めない金色に輝いていた。