ぼくは靴箱のいちばん下
ぼくは、児童養護施設の玄関にある靴箱の、いちばん下の段だ。
小さな靴しか入らない。泥のついた運動靴、名前を消した上履き、かかとの減ったスニーカー。ここへ来る子は、最初、自分の靴を奥まで入れない。
すぐ出ていけるよう、つま先だけ差し込む。
七歳の糸成良もそうだった。
良は誰とも話さず、夜になると自分の靴を枕元へ置いた。朝、誰かに隠されていないか確かめるためだという。
けれど良は、ほかの子の靴だけは毎晩そろえた。
脱ぎっぱなしの長靴を並べ、左右の違うサンダルを探し、つま先を玄関へ向ける。職員が褒めようとすると、良は言った。
「帰るとき、すぐ履けるから」
雨の日には、濡れた靴の下へ新聞紙を敷いた。靴紐がほどけていれば、結ばずに左右をそばへ置いた。勝手に触られるのが嫌な子もいると、自分が知っていたからだ。
自分はここに長くいない。だから残る人の役に立つものだけ置いていく。そんな顔だった。
ある冬の朝、良の里親候補が面会に来た。
良は新しい靴を履かされ、玄関で固まった。会ってみて嫌われたら、また戻る。気に入られても、知らない家へ行く。どちらも怖かった。
そのとき、施設の子どもたちが玄関へ集まった。
良が毎晩そろえていた靴を、今度は全員で並べ直した。そして、良の古いスニーカーをぼくの段へきちんと入れた。
つま先は、外ではなく中を向いていた。
「向き、逆だよ」
良が言うと、年上の子が答えた。
「今日は帰るためじゃない。戻ってきてもいいように」
面会へ出かけた良は、夕方、同じ玄関へ戻った。
靴はそのまま待っていた。中敷きには、誰かが小さな紙を入れていた。
〈おかえり。どうだった?〉
良は返事を書かず、その紙をポケットへしまった。
数か月後、良は里親の家で暮らし始めた。古いスニーカーも一緒に持っていった。でも月に一度遊びに来ると、必ず玄関の靴をそろえる。
自分の靴だけは、ぼくのいちばん下へ奥まで入れる。
もう、すぐ逃げられる形には置かない。
靴箱は人を引き止められない。
ただ、戻ってきた足のために、同じ場所を空けておくことはできる。