オレンジ色の補習教室
補習が終わっても、私は進路希望調査を白紙のまま机に置いていた。
窓の外は夕焼けで、向かいの校舎の窓が一枚ずつ燃えているように見えた。
「東京の美術大学、まだ諦めてないんだろ」
先生が黒板を消しながら言った。
「現実的じゃないので」
家には弟が二人いる。私立へ行くお金はない。母は地元の国公立を勧め、父は公務員になれば安心だと言う。模試の判定も、東京の学校には届いていない。
夢と呼ぶほど自信もなかった。ただ、描いている時間だけは、自分の輪郭がはっきりした。
先生はチョークを置き、窓際へ来た。
「じゃあ、あの影を描いてみろ」
校庭を帰る生徒の影が、オレンジ色の地面へ長く伸びていた。
「今ですか」
「五分で」
私はスケッチブックを開いた。鉛筆を走らせる。影はじっとしていない。歩くたび形を変え、夕日が沈むほど長くなる。
「うまく描けません」
「当たり前だ。動いてるものを一枚に止めるんだから」
先生は、白紙の進路希望調査を指でたたいた。
「進路も同じだ。今の形を一生の形だと思うな」
「でも、お金は動きません」
「奨学金もある。浪人もある。地元で学んでから移る道もある。諦めるなら、全部調べてからにしろ」
言葉が正しいほど、腹が立った。
「先生は責任取れないですよね」
「取れない」
即答だった。
「だから決めるのはお前だ。夢を選んでも、現実を選んでも、誰かのせいにできないように決めろ」
夕日は校舎の端へ沈みかけていた。
私は描きかけの影を見た。最初に引いた線と、今の影の位置がずれている。けれど、どちらも間違いではなかった。
進路希望調査の第一志望欄へ、東京の学校名を書いた。
第二志望には地元の大学。
先生が紙をのぞき込む。
「現実的になったな」
「両方書いただけです」
「それを現実的と言う」
提出すると、先生は受け取らず、机へ戻した。
「家で話してこい。これは明日出せ」
「締切、今日ですよね」
「補習の追試扱い」
教室を出るころ、街はもう青くなり始めていた。
スケッチブックには、完成しなかった長い影が残っていた。
私はその下へ、小さく日付を書いた。
決めた日ではない。
決めることから逃げるのをやめた日として。