コロッケ一個の家庭教師料
唐津谷元太は、割合が嫌いだった。
「二割引きって、結局いくら引くんだよ」
「元の値段による」
「そういう曖昧な態度が嫌いなんだ」
芹生叶は、元太の家の惣菜店で、コロッケを指さした。
「一個百円。二割引きなら?」
「二十円引き」
「できるじゃん」
「コロッケだから分かる。数字だけだと裏切る」
元太は、祖母と二人で店を切り盛りしていた。放課後はキャベツを刻み、閉店後に勉強する。数学の追試に落ちれば、希望している調理科の推薦が消える。
叶は毎夕、店の隅で家庭教師を始めた。
「三百グラムの肉を二対一に分けます」
「大きいハンバーグと小さいハンバーグ」
「正解。じゃあ六百円の商品を三割引き」
「閉店前の唐揚げ」
「答えは?」
「四百二十円。ついでに今、半額にしよう」
「勉強から逃げるな」
家庭教師料は、形の崩れたコロッケ一個。叶は毎回「仕方なく」と言って食べたが、昼休みに水だけ飲んでいることを元太は知っていた。叶の家も、父親の休職で余裕がなかった。
元太はそれを指摘しなかった。祖母も何も聞かず、崩れていないコロッケまで「失敗作」と呼んで袋へ入れた。
「ばあちゃん、それ完璧な丸だろ」
「心が少し崩れた」
「商品の心が分かるの?」
「長く揚げてるからね」
叶は笑い、翌日から祖母の買い物計算も手伝った。教える側と食べさせる側のどちらが親切なのか、誰も決めなかった。
追試の日、最後の問題は原価と利益率だった。
元太は惣菜ケースを思い浮かべ、計算した。
八十二点。
店へ戻ると、叶が自分のことのように喜んだ。
「家庭教師料、値上げしていい?」
「何割?」
「百パーセント」
「コロッケ二個か。計算、合ってる」
推薦が決まった春、元太は店先で、小学生が小銭を握って困っているのを見つけた。百五十円で、八十円のコロッケを二個買えるか分からないらしい。
元太は紙へ丸を描いた。
「一個買ったら、残りはいくら?」
「七十円」
「じゃあ二個目には?」
「十円足りない」
元太は小さなコロッケを一つ袋へ足した。
「これは形が崩れたから、家庭教師料」
「僕、何も教えてないよ」
「俺が教わった。分からないって言える人には、ちゃんと説明すればいいって」
店の奥で、叶と祖母が笑った。
数字は相変わらず好きではない。
けれど元太は、誰かが分かるまで待つ時間の価値なら、もう計算できた。