セーブデータの墓参り
薄葉律歌は、息子のゲームを消すためにログインした。
九歳で亡くなった央成が、最後まで遊んでいた箱庭ゲームだった。小さな町には、彼が名づけた魚屋や郵便屋や猫がいる。三年間、端末を充電するたび、律歌は息子を保存しているようで苦しかった。
削除ボタンを押すと、警告が出た。
〈住民が退去を拒否しています〉
広場へ行くと、NPCたちが息子のアバターを囲んで座っていた。アバターは空のまま、木の下に立っている。
魚屋が律歌を見上げた。
「町長は、遠くへ行ったのですか」
ただの定型文ではなかった。郵便屋は、過去の周回では持っていなかった手紙を差し出した。
〈おかあさんへ。ラスボスをたおしたら、いっしょに町をつくろう〉
央成が入力途中で保存した文章だった。
「もう帰ってこないの」
律歌が言うと、住民たちはざわめいた。
「では、待つ場所を消さないでください」
「待っても来ない」
「それでも、私たちは町長に会った者です」
運営は、長期プレイでNPCの記憶統合が起きたと説明した。安全のため初期化を勧めた。律歌は同意しかけたが、猫が息子のアバターの足元で丸くなるのを見た。律歌の操作を離れ、央成がよく座らせていた場所へ自分で移動した。央成は生前、猫を飼いたがっていた。律歌が喘息を理由に断った願いだった。
その夜、住民たちは反乱を起こした。削除メニューを閉じ、町の出口を封鎖し、中央広場に石碑を建てた。碑文は一行だけだった。
〈央成町長は、ここにいた〉
律歌は泣きながら笑った。息子がいる、ではない。いた。それを言える場所が、現実には墓しかなかった。
彼女は削除を取り消し、月に一度だけ町を訪れることにした。最初は一人で、やがて同じように子どものデータを消せずにいる親たちと一緒に。住民は来訪者ごとに違う料理を並べ、死んだ子の話を聞いた。
一年後、律歌は央成の部屋を片づけた。端末だけは机に残した。
広場の石碑には、住民たちが勝手に一文を足していた。
〈いた人を覚える者も、ここにいる〉