チョコレートの名札

宮前珠理の机に、「主任昇進おめでとう」と書かれた小さなチョコレートケーキが置かれたのは、給料日の夕方だった。

部署の皆が帰ったあと、上司が経費で買ったらしい。透明な蓋の内側に、金色の文字を載せた楕円のプレートが光っている。

珠理が昇進したのは、先輩が育児休業に入った穴を埋めたからだった。引き継ぎの日、先輩は自分の椅子を拭き、「半年だけお願い」と笑った。けれど会社は、復帰後も元の役職へ戻すとは約束していない。珠理はそのことを知りながら、辞令に判を押した。

給料は二万二千円増えた。喜んでいいはずなのに、先輩から届いた「初めてのお給料、上がった?」という明るいメッセージへ、珠理は返事ができなかった。

自宅で箱を開けると、カカオの濃い香りがした。冷えたガナッシュはフォークを押し返し、表面に細い亀裂が走った。

珠理は最初に、名前の書かれたプレートを外した。

子どものころなら最後まで残しただろう。今日は端から噛んだ。薄いチョコレートは苦く、金色の文字だけがすぐ舌の上で消えた。主任という二文字も、食べてしまえば形を失う。

ケーキを半分に切り、片方だけを自分の皿へ移した。もう片方は箱へ戻した。先輩の分という意味ではない。戻ってきた人が座れる場所を、自分が勝手に食べ尽くさないためだった。

半分を食べ終え、珠理は社内の人事規程を開いた。復職者の職位について、曖昧な一文しかない。珠理はその箇所を引用し、上司へ面談を申し込むメールを書いた。自分の昇進を取り消してほしいわけではない。誰かの席を消すことでしか上がれない仕組みを、黙って祝いたくなかった。自分が役職に向いていないのではなく、役職の渡し方に納得していないのだと、ようやく分けて考えられた。

先輩への返信には、「上がりました。戻る席のこと、来週会社に確認します」とだけ打った。

箱の中には、切り口のまっすぐな半分が残っていた。

珠理は蓋を閉じた。祝う量を自分で決めたら、昇進はようやく誰かから奪った名前ではなくなった。