テレビを消した晩餐
祖父は、耳が遠くなってから笑う回数が減った。
家族の話に少し遅れて笑い、質問されると「うん」と答える。聞き取れなかったときの「うん」は、私には分かった。
ある夕食で、私は就職試験に落ちたと話した。
祖父は味噌汁をすすりながら言った。
「それはよかったな」
父が「落ちたんだよ」と大声で言い直すと、祖父は箸を置いた。
「聞こえた」
「聞こえてないから言ってるんだろ」
「怒鳴るな」
「怒鳴らないと届かないだろ」
祖父は食卓を離れた。
翌日、私は補聴器店へ付き添った。祖父は以前も試したが、すぐ外したという。
「つけると、皿の音も換気扇も全部、耳元で騒ぐ。家族の声を聞く前に疲れる」
意地で拒んでいるのだと思っていた。
その夜、私はテレビを消した。食器の下へ布を敷き、祖父の正面に座った。
「今日の話、もう一回する」
口元が見える速さで、短く話した。
「試験に落ちた。でも、別の会社を受ける」
祖父は補聴器を片方だけつけ、少し考えた。
「それは、よかったとは言えんな」
「うん」
「でも次があるのは、よかった」
「それなら合ってる」
父も座った。いつもの大声ではなく、祖父が顔を向けるまで待った。
「昨日は悪かった」
「何が?」
「聞こえないことを、聞こうとしてないことみたいに言った」
祖父は返事の代わりに、父の湯呑みへ茶を足した。
それから家族は、祖父だけに努力させないことにした。
話し始める前に名前を呼ぶ。
顔が見える席へ座る。
テレビをつけたまま大事な話をしない。
聞き返されても、ため息をつかない。
席を立つときも、話が終わったことを伝える。
祖父も補聴器の調整へ通い、聞こえないときは「もう一度」と言うようになった。
孫の私は、落ちた会社より条件のいい職場に決まった。
祝いの夕食で、祖父は乾杯の前に言った。
「聞こえなくなったのは耳で、話したくなくなったわけじゃない」
父がうなずき、テレビのリモコンを遠くへ置いた。
静かな食卓で、グラスの触れる小さな音だけが、全員にきちんと届いた。