トリミング前の作品
【市民写真コンテスト審査記録】
担当:六角篤子
応募者:古海慎悟
作品名:「静かな午後」
作品には、古いアパートの一室が写っていた。
カーテン越しの日差し、二人分の食器、半分だけ開いた押入れ。人物はいない。ありふれた部屋なのに、誰かが息を潜めているようで、審査員の評価は高かった。
最優秀賞候補となり、大判印刷のため元画像を送るよう依頼した。
【応募者からの返信】
提出済みの画像をお使いください。
元画像は構図が悪く、作品ではありません。
【六角からの返信】
提出画像は容量が不足しています。
受賞を希望される場合、トリミング前のデータが必要です。
翌日、元画像が届いた。
提出作品は、左右を大きく切り落としていた。
左端には撮影者の黒い鞄。
右端には、食卓の下から突き出た裸足が写っていた。
篤子は警察へ連絡した。
拡大すると、足首には銀色の鈴がついている。三か月前から行方不明になっている女子大学生が、失踪当日に身につけていたものと同じだった。
警察は撮影場所を特定し、アパートを捜索した。
部屋は空で、床も壁も張り替えられていた。応募者の住所と電話番号は偽名義だった。
【警察からの照会】
元画像を閲覧した人物の氏名、勤務時間、連絡先、自宅住所を提出してください。
篤子が資料をまとめていると、コンテストの共有フォルダに新しい応募が追加された。
応募者:古海慎悟
作品名:「審査中」
写真には、事務局でパソコンに向かう篤子が写っていた。
撮影位置は、背後の書類棚の中だった。
篤子は振り返った。
棚にはファイルしかない。扉の内側に、小さな穴が開いていることには、そのとき気づかなかった。
画像の撮影時刻は五分後になっていた。
画面の中の篤子は、まだ椅子に座っている。
その背後では、書類棚の扉が開き、黒い鞄を持った男が片足を床へ下ろしていた。
【応募者からの追記】
元画像を見たのは、六角様だけで間違いありませんか。
作品に不要な部分は、今夜こちらでトリミングします。