パン種を育てる城
「壺の温度を半日保つだけ? 戦場では無能だ」
冬城の技能査定で、トーネルは補給隊から外された。
【固有技能:《保温壺》――蓋を閉じた容器一つの温度を、十二時間だけ変化させない】
熱くすることも冷やすこともできない。城代ヴェルガは「湯たんぽ係なら務まる」と言い、彼を倉庫へ追いやった。
翌週、冬城は魔獣軍に包囲された。小麦は半年分ある。だが寒さでパン種が働かず、焼けるのは石のような無発酵パンだけだった。歯を欠く兵が増え、腹を壊す者まで出る。薪も残り少なく、一日に何度も生地を温める余裕はない。兵は小麦袋を見ながら飢え、粉があるのに食べられないという奇妙な籠城になった。敵は城外で焼きたてのパンを掲げ、門を開けば分けてやると叫んでいた。兵の士気は、矢より先にその匂いで削られていた。門番の中には、夜中に敵陣を見つめる者まで現れた。
トーネルは捨てられた葡萄の皮を集め、ぬるい麦粥と混ぜた。前世で覚えた天然酵母だ。壺を人肌まで温め、蓋を閉じて《保温壺》を使う。
「腐った粥を育ててどうする」
補給官が顔をしかめる。
だが夜明け、壺の中は細かな泡で膨らみ、酸味のある香りを放った。トーネルはそれを小麦粉へ混ぜ、最初の生地を作る。その一部を次の生地へ、さらに次へ。火を使うのは焼くときだけ。パン種は生きたまま増え、夕方には城中の釜が柔らかな丸パンを吐き出した。
さらに彼は、生地を一晩発酵させる順番を札で管理した。朝の隊、昼の隊、夜の隊。焼き上がりが重ならず、少ない薪で窯を休ませず使える。硬い備蓄粉は、香りのよいパンへ変わった。
包囲十日目、敵は冬城が飢えていると思い総攻撃をかけた。城壁の兵たちは温かいパンと玉葱汁を腹へ入れ、雪の斜面を登る魔獣を押し返した。
勝利後、ヴェルガは倉庫の壺を持ち上げた。中では次のパン種が静かに泡立っている。
「十二時間しか守れぬ技能だと思った」
城代は自分の補給印をトーネルへ渡した。
「だが、おまえが守った十二時間は、城の明日を毎日生み続けた」