プロフィール写真の外側

十九時五十分。鵜飼匡生の撮影スタジオへ、初瀬璃佳が婚活用の写真を撮りに来た。閉店まで十分。二人が別れてから三年、会うのは初めてだった。

今朝、匡生はアプリで璃佳を見つけ、反射的に右へ動かした。すぐにマッチしたが、どちらも何も送らなかった。その数時間後、予約表に彼女の名が入った。

璃佳は、匡生が昔貸した革のカメラストラップを肩へ掛けていた。別れた日に返してと言えず、そのままになったものだ。旅行先で雨に濡れた部分だけ色が濃い。あの旅で璃佳は何度も二人で撮ろうと言い、匡生は三脚を持ってこなかったことを言い訳に断った。写真に残れば、将来まで約束するようで怖かった。璃佳は別れ際に「私の隣へ入る気がないなら、撮らなくていい」と言った。その意味を、匡生は今日まで構図の話だと思っていた。璃佳が持つストラップの金具には、二人の頭文字が今も並んでいる。

「自然に笑える写真、お願い」

「得意だろ。俺の前で笑うの」

「昔はね」

ファインダー越しなら目を合わせられる。璃佳が少し左へ立つと、壁の鏡に匡生まで写り込んだ。二人で旅行したときも、写真にはいつも璃佳だけがいて、撮った匡生は残らなかった。

「その人と会うの、今日?」

「うん。八時から」

「じゃあ急がないとな」

匡生は鏡の部分を切り取り、一人だけの写真を仕上げた。璃佳は画面を見て「上手」と言ったが、笑わなかった。

彼女が出ていった後、アプリに遅れて通知が届く。撮影中はスタジオの回線が落ちていた。

〈プロフィールの最後まで読んだ?〉

璃佳の自己紹介を開く。朝にはなかった一文が追加されている。

〈三年前から、写真の外側にいる人を忘れられません。今日、その人に撮ってもらいます。何も言われなければ、次へ進みます〉

送信時刻は十九時四十九分。匡生が「八時から」と聞く一分前だった。玄関を開けると、璃佳は横断歩道の向こうで信号を待っている。八時まで、あと一分。

匡生は納品フォルダから一人だけの写真を削除し、鏡に二人が映った未修整の一枚を送信した。