ライブ価格は戻らない
配信開始まで七分。久住鈴はライブコマースのテスト注文で、二万二千円のコートが二千二百円になっていることに気づいた。
後輩が登録した限定クーポンは「十パーセント引き」ではなく、「価格を十パーセントにする」設定だった。配信ページにはすでに一万二千人が待機し、コメント欄では開始時刻のカウントダウンが流れている。
「開始後に直して、誤注文はキャンセルすればいい」
営業責任者は言った。出演者もスタジオでコートを羽織り、照明の中に立っている。七分止めれば、広告費も出演料も無駄になる。
鈴は購入履歴のテスト一件を開いた。価格だけでなく、クーポンの上限数も空欄だった。開始すれば数秒で在庫三百着が売れ、その後に三百人へ「こちらのミスなので買えません」と通知することになる。画面の数字は戻せても、買えたと思った気持ちは戻らない。
「配信は始めます。販売だけ止めます」
鈴は購入ボタンを非表示にし、出演者へ予定を変更して素材や着回しを先に紹介するよう伝えた。その間にクーポンを作り直し、通常価格、割引率、決済額を別々の端末で確認した。
後輩は震える指で設定画面を開いていた。
「私が数字を入れ直します」
「今は一人で直さない。私が読むから、あなたは決済額を見る。間違えた人を外すより、間違えた画面を二人で直す方が早い」
鈴はクーポン作成画面に、値引き後の実額を大きく表示する確認欄を追加した。公開直前には、登録者ではない人がテスト購入する工程も入れた。
配信開始から十二分後、購入ボタンを戻した。コートは十分で完売した。コメント欄には、販売を待つ間に生地の説明を聞けてよかったという声が並んだ。出演者も予定外の時間を埋めたことを責めず、「次は確認済みの値段を私にも見せて」と笑った。
責任者は売上表を見ながら、今回の遅れを後輩の評価へ残すと言った。鈴は報告書の責任者欄へ自分の名を入力した。
そして、空席になっていた配信運用リーダーの募集画面を開いた。
「売る速さより、売ったあとまで責任を持つチームにします」
鈴は応募を確定した。