リボンの裏の原材料
文化祭の菓子売り場で、灯里は桃色のリボンが結ばれたクッキーを掲げた。
「お姉ちゃん、これ一枚くらいなら平気だよね」
菜摘は、その言葉を知っていた。
前の人生の自分は、準備疲れで判断を投げた。「少しくらい平気」と答えた。灯里は笑ってかじり、十分後には喉を押さえて倒れた。救急車の赤色灯が校舎の窓を染めた景色が、二十四歳になった菜摘を何度も夢から引きずり起こした。
そして今、彼女は十七歳の制服で、同じ紙袋を持っている。
妹を失った後、菜摘は食品表示の仕事に就いた。小さな文字一つが命綱になると知り、店頭の札より包装の裏を先に見る癖がついた。その二十年分の目だけが、制服の自分へ残っている。
「一枚くらいなら平気だよね」
「平気じゃない。裏を見せて」
以前とは違う返答に、妹が唇を尖らせる。菜摘はリボンを解かず、袋を返した。裏側の小さなシールには、表の札になかった文字があった。
《香りづけ:アーモンド粉末》
「でも、作った子がナッツは入れてないって」
「本人が入れてなくても、材料に入ってる」
菜摘は売り場の責任者を呼んだ。騒ぎにしたくないと渋る先輩へ、シールを指で示す。
「売り切るより、誰も倒れない方が成功です」
言い切ると、先輩はようやく頷いた。ほどなく同じ袋が棚からすべて下げられ、調理室に残っていた材料も封をされた。放送部が原材料表示の訂正を流す。
灯里は不満そうに頬を膨らませたが、代わりの焼き芋を受け取ると機嫌を直した。解いた桃色のリボンを菜摘の手首へ結び、「命の恩人代」とふざける。菜摘は笑えず、その結び目をそっと押さえた。
午後一時十四分。
前の人生で校内放送が「救急車の通路を空けてください」と告げた時刻。菜摘は息を止めた。
スピーカーから流れたのは、軽い音楽と別の案内だった。
『二年三組の焼き菓子は、表示確認のため販売を終了しました。体調不良者はいません』
隣で焼き芋を頬張った灯里が笑う。
「お姉ちゃん、今日、最後まで一緒に回れるね」
菜摘はその一文を、未来から届いた最初の招待状のように受け取った。