ロッカーから降る銀テープ
藤野小春のロッカーには、会社の誰も知らない空が畳まれていた。
男性アイドルグループ〈North Crown〉のライブで降った銀テープ。小春は公演日と会場を書いた細い袋に一本ずつ入れ、制服の予備の奥へ隠していた。仕事で失敗した日は、昼休みに扉を少しだけ開け、央士の名前が印刷された銀色を見て呼吸を整える。初めて一人で遠征した日の折れた一本、友人と仲直りした公演の長い一本。紙より薄い帯なのに、触れると客席の熱と落下音まで戻ってきた。会社では役に立たない記憶だからこそ、会社で自分を立て直してくれた。
オフィス改装の日、ロッカーを空にするよう急に言われた。小春が会議から戻ると、総務の作業員が扉を開け、銀テープの束を床へ落としていた。
「藤野さん、これ全部ゴミでいい?」
周囲の視線が集まる。一本には、央士から投げられたと思い込んで大事にしている折り目まで付いていた。『ただのテープ』と誰かに言われる前に、自分からゴミだと言うべきか。小春が答えられずにいると、厳しいことで有名な先輩の槙野文が一歩出た。
「金属光沢のある素材は分別が違います。私が確認します」
文は無表情で束を拾い、書類箱へ入れた。小春は助かったと思う一方、捨てられるのだと覚悟した。
夕方、給湯室で文が箱を返した。
「十年前、私も同じものを集めてた」
文は一本だけ、端が折れた銀テープを指でなぞった。
「結婚するとき、全部処分したの。大人になるには必要だと思って」
「後悔していますか」
「してる。だから、あなたの分まで勝手に大人にしない」
小春は箱を抱きしめた。礼を言う代わりに、同じ公演のテープを一本差し出す。文は首を振りかけ、やがて受け取った。
改装後の新しいロッカーには、透明な小物入れが付いていた。小春は銀テープを奥へ隠さず、日付順に並べる。隣のロッカーで文が手帳を開くと、銀色の一本が栞のように揺れた。
「空、分けてもらったから」
小春は笑い、自分のロッカーの扉を最後まで開けたまま、制服に着替えた。