一壺に六匙と半匙
砂漠の宿場で腹の病が流行り、子どもたちは薬より先に水分を失っていた。
商隊医の机には高価な回復薬が三本しかない。最後の一本を誰に使うかで大人たちが怒鳴り合う横で、八歳の少年が乾いた唇を動かした。
「水を飲んでも、すぐ吐く……」
帳場係のコーディは、前世で災害用の備蓄箱に貼られていた一行を思い出した。煮沸して冷ました水を、一リットル入る印付きの壺へ注ぐ。砂糖を平らに六匙。塩を半匙。多くも少なくもせず、透明になるまで混ぜた。
宿主が鼻を鳴らす。
「甘い水で病が治るなら、医者はいらん」
「病を治すんじゃない。医者のところまで体を持たせます」
コーディは杯を満たさず、ひと口ずつ渡した。少年が飲み込むのを待ち、またひと口。吐かなければ次へ進む。
十分後、閉じかけていた瞼が上がった。
二十分後、少年は自分で杯を持った。
四十分後、「塩パンが食べたい」と言った。
商隊医が手首へ触れ、驚いて砂時計を見直した。速く頼りなかった脈が、指で追える間隔へ戻っている。高価な回復薬は一本も減っていない。
隣の寝台の母親にも同じ壺を作ると、こちらも半刻で会話が続くようになった。砂糖十二匙と塩一匙で、二人分。費用は銅貨四枚だった。
宿主はまだ疑っていたが、商隊医は空の薬瓶三本と、飲み残しのない二つの壺を並べた。
「薬は原因へ使う。失った水は、これで戻す。役目が違う」
商隊医は残る四人にも同じ補水液を少量ずつ与えた。重い症状の一人は治療院へ運び、飲める三人は夜までに尿が戻った。コーディは「全員をこれだけで治す」とは言わない。壺の役目は、薬や治療が届くまで乾いた身体へ水と塩を返すことだ。六人に使った砂糖は一袋の五分の一、塩は一握りにも満たず、回復薬三本は本当に必要な患者へ残った。
翌朝出るはずだった救援馬車には、回復薬三本ではなく、印付きの水壺五十個と計量匙百組が積まれた。
商隊長はコーディの帳場札を破り、新しい札を首へ掛ける。
『西方救援給水隊長』
最初の注文は、十宿場分、合計千組だった。