一時間だけの守備隊
北壁が落ちたとき、立っていた守兵はクレイダ一人だった。
足元には、つい半刻前まで命令を待っていた仲間たちが折り重なっている。敵の角笛が坂道を上がってきた。内門が閉まるまで、あと一時間必要だった。
クレイダは死者の兜を円に並べ、中央へ自分の血を落とした。
死者を一時間だけ起こす術。その代わり、起こした人数と同じ年数ぶん、術者の人生から記憶が消える。どの年が失われるかは選べない。
「立て」
七つの兜が震えた。
死んだ兵たちは傷口を開いたまま起き上がり、慣れた手つきで盾を組んだ。クレイダの頭から七年が抜け落ちる。初陣の日、剣の握り方を教わった冬、妹ロナエの婚礼。出来事の形だけが残り、そこにあった顔と匂いが空白になった。
敵兵が殺到した。
一度死んだ守備隊は痛みを恐れなかった。槍に貫かれても前へ出て、盾ごと敵を崖下へ押した。だが死体は直せない。腕が落ち、脚が砕け、一人ずつ動かなくなる。
坂道の下に、さらに百の松明が見えた。
クレイダは第二の円を作った。今度は十二人。
「立て」
十二年が消えた。
自分が兵士になった理由。父の葬儀。ロナエと同じ寝台で寒さをしのいだ幼い夜。胸の奥にあったはずの家族が、知らない家の古い肖像のようになる。
死者たちは一時間を燃やし、敵を押し返した。内門の鎖が上がり始める。
最後に残ったのは、隊長ブレシュの遺体だった。彼を起こせば、失うのはもう一人分、一年だけでよい。
けれど残っている最も古い記憶は、五歳の夏だった。妹が生まれ、初めて小さな手を握った一年。
クレイダは血を落とした。
「立て」
ブレシュが目を開き、たった一人で坂道へ駆けた。敵の旗が倒れ、同時に内門が閉まる。鐘が鳴った。
ロナエが駆けつけ、血まみれの姉を抱いた。
「姉さん、間に合ったよ」
クレイダはその顔を見上げた。大人の女がなぜ泣いているのか、分からなかった。重い剣も鎧も、誰かが無理に着せたものに見える。
「おねえさん、だれ?」
幼い声が自分の口から出た。
ロナエの腕の中で、クレイダは五歳のときのように指を一本立て、閉じた門を指した。
「あれ、おおきな扉だね」
城塞は守られた。けれど勝利を命じた女は、もう文字も、敵も、自分が守った場所の名も知らなかった。