一枠ぶんの帰還

 氷の女王が砕け、凪人の前へ二つの光が落ちた。

 一つは青く輝く帰還石。もう一つは、案内役の老女ルメが首から下げていた木のペンダントだった。

「早く石を取れ!」

 背後で仲間たちが叫ぶ。宮殿は崩れ始め、天井の亀裂から白い虚無がのぞいている。

 この世界で凪人に許された所持枠は一つだけだった。最初に選んだ職業《旅人》の、単純で残酷な仕様だ。剣を持てば薬を持てず、鍵を拾えば食料を置く。仲間に笑われながらも、そのたび何を手放すか決めてきた。ルメだけは「空いた手がある旅人は、誰かを起こせる」と言い、転ぶたび彼を引っ張ってくれた。

【旅人の鞄 0/1】

 帰還石へ触れる。

【単独帰還石】

【使用者一名を現実世界へ転送する】

「ナギト、お前が取れ! 攻略を終わらせたのはお前だ!」

 仲間は笑っていた。誰か一人でも帰れれば、外から救助を呼べる。そう信じるしかなかった。

 だが足元でルメが咳き込んだ。女王の最後の一撃を受け、半透明になりかけている。彼女はNPCだ。消えれば再配置される。それでも、落ちたペンダントへ伸ばす指は必死だった。

「それは?」

「娘の形見さ。旅人さん、拾わなくていい。あなたの鞄は、一人分しかないんだろう」

 凪人は帰還石の説明をもう一度見た。《使用者一名》。救助を呼べるとは、どこにも書かれていない。外へ出た一人が運営へ届く保証もない。逆にペンダントは、ここで消えようとしている一人へ確実に返せる。所持枠が一つなら、選択も一つだ。

 彼は青い石から手を離し、木のペンダントを拾った。

「馬鹿!」

 崩落音の中、仲間の怒声が重なる。

 凪人はペンダントをルメの胸へ戻した。所持枠は再び空になる。すると木片の裏側から、今まで見えなかった文字が浮かんだ。

【旅人の証】

【持てるものが一つなら、自分以外を選べ】

 ルメは泣かずに笑い、宮殿の床へ杖を突いた。青い帰還石が砕け、その光が一本ではなく、空じゅうのプレイヤー名へつながっていく。

【メインクエスト報酬《単独帰還》を放棄しました】

【隠しクエスト《一枠ぶんの他人》達成】

【報酬対象を変更――現在ログイン中の全プレイヤー】