一歩だけの百層攻略

《どうせ階段の映像を繋いでる》

《百層到達タイム三分は物理的に無理》

《斑鳩透ってワープ役を別に置いてるだろ》

斑鳩透は、第一層の入口で靴ひもを結び直した。

「今日は到達じゃない。ここから百層を呼ぶ」

背後で監査員が封印扉を閉める。転移石も仲間も持ち込めない公開検証配信だ。透の前には、初心者向けの薄暗い石廊下しかない。

各階の監視映像も同時公開され、待機役が潜めば即座に映る。視聴者が指定した検証条件を、透は一つも削らなかった。

彼は右足を一歩、踏み出した。

床が鳴る。

次に揺れたのは、画面の奥ではなく迷宮全体だった。石廊下の先にある壁が幾重にも透け、階層同士を隔てる結界が一直線にひしゃげていく。二層、十層、五十層。遠いはずの景色が折り畳まれ、百層の王座が入口の向こうへ引き寄せられた。

玉座に座っていた深淵皇が、状況を理解できないまま透の目前へ滑ってくる。

透は二歩目を踏まなかった。

一歩目の余波だけで、皇の鎧に亀裂が走る。王座もろとも後方へ吹き飛び、入口の封印扉へ貼りついて光になった。

《階層が移動した?》

《違う、空間距離を一歩分に圧縮してる》

《地震計、第一層から百層まで同時刻に反応》

《監査員が後ろにいる。カットも別撮りも不可能だ》

透は靴の先についた砂を払った。百層側の監視員が、倒れた深淵皇と第一層の入口を同じ画面に収めようとして、言葉もなくカメラを引いた。

「三分かかったのは、歩くのが遅かったからじゃない。受付が混んでたから」

疑いのコメントが、一斉に過去配信の計算を始める。到達時間から受付記録を引くと、すべて同じ一秒だけが残った。

《全部、一歩だった》

《ワープじゃないから転移検知に引っかからなかったのか》

《謝罪する。記録詐称どころか計測方法が間違ってた》

《入口からラスボスを殴れる男》

迷宮管理局の世界記録ページが、配信内ブラウザで更新された。

【百層攻略・旧記録 02:41:18】

【新記録 00:00:01――斑鳩透】

切り抜きの題名も同時に変わる。

『疑惑の三分攻略』から、『迷宮のほうを一歩にした男』へ。