一秒遅い拍手
配信ライブの本番中、拍手が一秒ずつ遅れ始めた。
映像監視席の深町凌は、客席ではなく数字を見ていた。ステージ上の歌声は正常なのに、全国の視聴者から「口が合わない」「止まる」とコメントが増えている。回線担当は通信会社へ連絡し、制作責任者は画質を落とせと叫んだ。
凌はすぐには落とさなかった。画質を下げれば帯域は減る。だが障害の原因が別なら、粗い映像で遅れ続けるだけだ。
配信はCDNを通して各地へ届けられている。凌が地域別の遅延を見ると、東京も札幌も同じ周期で詰まっていた。視聴者へ映像を出すCDNではなく、元映像を送り出すオリジン側に問題がある。
「映像だけじゃない。何か同じ場所から大量に出してる」
隣の広告担当が黙った。アンコール前に表示する協賛企業の新しいバナーを、開演後に差し替えていた。画像のTTLがゼロに設定され、視聴者の画面が更新されるたび、全員分のバナーがオリジンへ取りに来ていたのだ。小さな画像が、巨大な映像の出口を塞いでいる。
凌はバナーを消すのではなく、古い版へ戻し、映像用の経路と切り離した。協賛名を勝手に消せば、放送事故を直して契約事故を起こす。代替画像が表示されたことを広告担当に確認させてから、三十秒後、遅延の線が下がり始める。
「画質を戻しますか」と助手が聞く。
「まだ。遅れて届いている映像が追いつくまで待つ。今上げたら、また山になる」
凌は観客のコメントが「直った」で埋まるより先に、回復の波を見切った。歌手が最後の音を伸ばす。凌は音声と映像の時刻差がゼロへ戻るのを見て、初めて助手へ親指を立てた。画面の向こうで、拍手が今度はぴたりと重なった。
終演後、制作責任者が凌の肩を叩いた。「君、ライブ見てた?」
「ずっと見てました。数字のほうを」
ステージが暗くなる。撤収の指示が飛ぶ中、別室から声が上がった。
「アンコール映像、アーカイブ変換が始まりません!」
凌はヘッドホンを外しかけた手を戻した。生放送が終わっても、配信の夜はまだ半分だった。