一羽で帰る鳥
イシュラの国では、初めての恋をすると胸の籠に告げ鳥が生まれる。
想いを告げる夜、籠を開けば鳥は相手のもとへ飛ぶ。相手も同じ恋をしていれば、もう一羽が飛び立ち、二羽は夜明けまで空を巡る。
片思いなら、鳥は一羽で帰ってくる。
イシュラの鳥は、ベオルを好きになった十五歳の春から、七年間も籠の中で羽ばたいていた。
夏至の夜、彼女は岬へベオルを呼び出した。
海には月の道が伸び、告白を待つ鳥たちが町の屋根から次々に飛び立っていた。
「ベオルが好きです」
イシュラが胸の留め金を外すと、銀色の小鳥が飛び出した。
鳥は彼の肩を一周し、胸元で羽ばたいた。
だがベオルの籠は開かなかった。
彼は目を伏せた。
「ごめん。僕の鳥は、君の名前で鳴かない」
「知っていました」
「なら、なぜ」
「この子に、一度くらい空を飛ばせたかったから」
告げ鳥は諦めず、ベオルの閉じた籠を小さなくちばしで叩いた。彼が手を伸ばすと、イシュラは止めた。
「優しくしないで。帰る方向を間違えるから」
「夜明けまで、ここにいる」
「いないでください。一羽で戻るところを、見られたくない」
ベオルは何度も振り返りながら岬を去った。
銀の鳥はしばらく彼を追い、町の灯りの手前で引き返した。それから海の上を何度も旋回した。二羽なら描ける大きな輪を、一羽で懸命になぞっていた。
夜が白み始めたころ、鳥はイシュラの掌へ落ちた。
羽は潮で濡れ、胸は速く上下していた。銀色だった尾羽が一本だけ、灰色に変わっている。
「おかえり」
イシュラは鳥を胸へ戻さなかった。
片思いを隠す籠は、もう必要なかったからだ。
鳥はその後、普通の小鳥として彼女の部屋で暮らした。二度とベオルへ飛ぶことはなかったが、朝になると窓辺で鳴いた。
その歌を聞くたび、イシュラは思った。
相手の鳥が飛ばなかったからといって、自分の鳥が飛んだ夜まで無かったことにはならない。
七年の恋は、二羽の輪にはならなかった。
それでも一羽で海を渡り、夜明けまで空を飛んだ。