一膳だけ冷たい

 婚約者の実家で、初めて夕食をいただいた。

 食卓には六人分の膳があった。

 婚約者、両親、祖母、妹、私。人数は合っているのに、私の席だけ料理が冷えていた。

 炊きたてのはずの米は固く、汁物には脂の膜が張っている。ほかの五人の椀からは湯気が上がっていた。

「取り替えましょうか」

 婚約者の母へ尋ねると、祖母がすぐに止めた。

「客人の膳は、それでいい」

 家族は誰も食べ始めなかった。

 私が一口飲み込むと、全員がほっとしたように箸を取った。

 妙な作法が続いた。

 私が刺身を食べるまで、ほかの人は刺身へ触れない。

 私が汁を飲むまで、誰も椀を持ち上げない。

 食卓の下では、ときどき誰かが私の足首を冷たい指でなぞった。

「この家では、お客さんが先なの?」

 小声で婚約者へ聞くと、彼は目を合わせずに答えた。

「今夜だけだよ」

 食事の終わりに、祖母が梅干しを一つ差し出した。

「種まで割って、中を食べなさい」

 断ると、妹が泣き始めた。

「お願い。お姉さんが食べてくれないと、また私になる」

 母親が妹の口を塞いだ。

 婚約者は私の手を握り、優しく言った。

「昔からの厄落としなんだ。これさえ済めば、結婚を認めてもらえる」

 私は梅干しを噛んだ。

 種の中には、紙を固く丸めたものが詰められていた。

 広げると、女性の名前と去年の日付が書いてある。

 裏には、別の名前が十二人分並んでいた。どれもこの家の名字ではない。

 いちばん新しい名前には、赤い線が引かれている。

「その人たちは?」

 誰も答えなかった。

 祖母が私の膳を持ち上げた。

 膳の下には、小さな位牌が置かれていた。紙に書かれた女性と同じ名前だった。

「去年の客人よ」

 祖母は空いた場所へ、私の名を書いた新しい木札を置いた。

 婚約者がようやく私を見た。

「うちでは毎年、命日に帰ってくる人へ一膳出す。家の者が食べれば、その人が連れていかれる」

「だから、外から誰かを呼ぶの?」

 彼は答えなかった。

 食卓の下の指が、今度は私の足首をしっかりつかんだ。

 祖母が満足そうに言った。

「今年も家族六人、そろって年を越せるね」

 私は婚約者たちを数えた。

 彼、両親、祖母、妹。

 五人しかいなかった。