七朝だけの花婿
死者との婚姻は、七度目の朝までしか続かない。
朝日を迎えるたび、生きている伴侶の寿命が一年、死者へ渡る。七年を受け取った魂は冥門を越え、二度と夜の町をさまよわない。
エノーラが礼拝堂へ連れてきた花婿は、棺の中にいた。
ヴァジルは二日前、橋から落ちた子どもを助けて溺れた。恋人でも婚約者でもない。下宿の隣室に住み、毎朝焦げた卵を焼き、廊下で会えば「今日こそ塩と砂糖を間違えなかった」と報告する人だった。
彼の魂は橋に残った。夜になると濡れた靴音が町を歩き、助けた子どもの家の前で止まる。
――僕が手を離したせいで、あの子も沈んだ。
子どもは生きている。高熱で眠っているだけだと何度伝えても、死者には届かなかった。罪悪感に縛られた魂は、七夜を過ぎれば水の怪異になるという。
「家族でなければ婚姻できません」と司祭は言った。「あなたは二十五歳。七年を払えば、三十二歳になる。それだけではない。身体は飛ばした年月を覚えます」
エノーラの母は、来月の仕立屋試験を思い出せと言った。妹は泣いて袖を掴んだ。七年あれば店を持てる。恋をして、子どもを産むことだってできる。
棺の横には、ヴァジルが借りたままの鍋が置かれていた。底は黒く焦げ、取っ手には彼の字で「返すこと」と札が結ばれている。
返せないものを数えると、七年は長かった。試験に落ちた日に彼が置いていった蜂蜜飴も、熱を出した夜に壁越しで歌った調子外れの歌も、借りを返すには小さすぎる。それでも忘れられない。
けれど昨夜、橋で彼の声を聞いた。
――あの子に、僕が引っ張ったから怖かっただろうと謝って。
自分が死んだことではなく、最後まで誰かを心配していた。
エノーラは花嫁の白布を肩へ掛けた。恋だったのかは、いまも分からない。分からないまま失うには、七年は重い。それでも、怪異になった彼を討つ役目を誰かに渡すほうが、もっと耐えられなかった。
司祭が一つ目の蝋燭へ火を灯す。
「誓いますか」
「七朝だけ、妻になります」
棺の上の冷たい手へ指輪を通した。
東窓から最初の光が差した瞬間、エノーラの黒髪に、一本だけ銀が混じった。