三つ先の停留所
真壁宗市は、町を一周する小さな路線バスの運転手だ。
ある朝、始発の発車前に、常連の中学生が息を切らして駆けてきた。
「うちのマルクがいなくなりました」
写真には、耳の大きなビーグルが写っている。門扉が風で開き、夜明け前に出たらしい。
宗市は捜しに行けない。時刻表がある。
そこで、乗ってくる客へ一言ずつ頼んだ。
「茶色と白の犬を見たら、営業所へ知らせてください」
通院へ向かう老夫婦、朝市の店員、図書館へ行く大学生。誰も大げさにせず、うなずいた。
二つ目の停留所で、パン屋の女性が乗った。
「公園の方で、犬の鳴き声を聞いたかも」
三つ目では、清掃員が言った。
「線路沿いに新しい足跡があったよ」
宗市は無線で営業所へ伝えた。折り返しのバスには、今度は町内会の人が懐中電灯とリードを持って乗り込んだ。
いつもの乗客が、同じ一匹を探す仲間へ変わっていく。
昼の便で、中学生がまた乗ってきた。
「見つかりません」
目を赤くしている。
「マルクはバスが好きか」
「窓から顔を出すのが好きです」
「なら、音を聞いているかもしれない」
宗市は規則どおりの速度で走りながら、停留所へ着くたび少し長めに扉を開けた。エンジンの音、降車ベル、乗客の呼ぶ声。
川沿いの停留所で、後ろの席から誰かが叫んだ。
「あそこ!」
ガードレールの向こう、草むらに白い尾が見えた。
マルクは足を痛めた様子もなく、ただ知らない道に疲れ、バスの音を聞いて伏せていた。宗市は安全な場所へ停車し、中学生と町内会の人を降ろした。
犬は名前を呼ばれると立ち上がり、耳をはためかせて駆け寄った。
午後の便では、乗客が口々に安堵した。
朝市の店員が栗饅頭を車庫へ差し入れ、大学生は捜索情報をまとめた掲示を剥がして回った。
終業後、宗市が営業所で熱い茶を飲んでいると、中学生がマルクを連れて来た。
「皆さんに、お礼を言いに一周します」
「運賃は?」
冗談で訊くと、犬が尾を振った。
「マルクの分は、窓から町を見ることで払ってもらおう」
夕方のバスに、犬と飼い主が並んで乗った。三つ先の停留所までの短い旅だった。
車内には栗饅頭の甘い香りと、濡れた犬の毛の匂いが混じる。降車ベルが鳴るたび、誰かが振り返って笑った。いつもの路線が、その日だけ町を結ぶ一本の長いリードになっていた。