三つ目の音は鳴らない
鐘都では、恋人同士になると胸の奥に小さな硝子鐘が生まれる。
互いが名を呼べば、二つの鐘は同じ音で鳴る。どれほど遠くにいても、相手が生きている限り響きは届く。
鐘職人のエルネは、サディアの硝子鐘を修理することになった。
彼女の鐘はノウェルと結ばれていた。二人は七年の恋人で、春には北街へ移り住む予定だった。鐘に入ったひびは、別れの兆しではない。雪道で転び、胸を強く打っただけだと、サディアは笑った。
「直せる?」
「前より澄んだ音にする」
エルネは三日三晩、炎の前に座った。
硝子を溶かし、ひびへ細い金線を埋める。職人が修理中に胸へ隠した言葉を口にすると、その言葉は鐘の音へ混じるという。だが恋人のいる者の鐘は、二人分の音しか受け入れない。三つ目は必ず弾かれ、職人自身の鐘を割る。
だからエルネは何も言わずに仕上げた。
受け取りの日、サディアが鐘を胸へ戻すと、遠い北街からノウェルが彼女の名を呼んだ。澄んだ音が工房いっぱいに鳴った。
「きれい」
「彼の音と、よく合っている」
サディアは扉へ向かった。
エルネは、その背中が消える前に言った。
「あなたが好きだ」
工房の硝子が一斉に震えた。
けれどサディアの鐘から、三つ目の音は鳴らなかった。
彼女はゆっくり振り返った。
「いつから?」
「君がノウェルと出会うより前から」
「どうして今まで」
「君が幸せだったから」
「今、言ったのは?」
「黙ったまま別れたら、僕の沈黙まで祝福だったことにされそうだった」
サディアは目を伏せた。
「ごめんなさい。私はノウェルを愛してる」
「知っている」
「それでも、聞かせてくれてありがとう」
彼女は鐘を押さえたまま、工房を出た。
その夜、エルネの胸の鐘に細い亀裂が入った。痛みはあったが、砕けはしなかった。告白を鐘へ忍ばせず、自分の声で渡したからだ。
春、サディアとノウェルは北街へ去った。
二人が互いの名を呼ぶたび、修復した金線を通って、美しい音が鳴った。
そこにエルネの音は混じらない。
それでよかった。
選ばれなかった恋にも、鳴らすべき一度はある。
ただしその響きは、誰かの調和を壊すためではなく、自分の胸を沈黙から救うためにあるのだ。