三ミリの太陽
収穫祭の前日、果樹園には熟れすぎた杏が三千個残っていた。
領主は運べない実を捨てろと命じ、園主オルダは泣きながら籠を倒した。
「街まで二日。着く前に潰れてしまう」
今年は豊作すぎた。生の実は銅貨一枚にまで下がり、運賃のほうが高い。捨て場には甘い汁が流れ、蜂の群れが黒くたかっていた。
領主の代官は、日没までに片づけなければ果樹園を没収すると告げる。
転移前、食品開発をしていた榛名弥生は、小刀を借りた。
「捨てるのは日が沈んでからにしてください」
彼女が杏を切ると、オルダは怒った。
「そんな薄切りでは商品にならん」
厚さは三ミリ。弥生は木片を刃の横へ当て、誰が切っても同じ厚さになるようにした。黒く塗った板へ重ならないよう並べ、上には虫除けの薄網、さらに古い窓硝子を斜めに置く。上下に指二本分の隙間を空けると、熱だけでなく湿った空気も抜けた。
厚切りにした代官の試作品は、表面だけ乾いて中から汁を垂らした。
昼の熱が板に溜まり、硝子の内側を温かな風が抜けた。
昼過ぎ、硝子の内側には水滴がついた。弥生が板の傾きを変えると、滴は果実へ戻らず外へ流れた。
夕刻、杏は橙色の小さな月になっていた。捨て場の実が酸っぱい臭いを出す一方、乾燥台からは蜜の香りだけが漂う。
弥生が一枚を渡す。
オルダが噛むと、表面はさらりとし、中心だけが柔らかい。甘酸っぱさは生の実より濃く、果汁は垂れない。
秤に載せると、百個分が革袋一つに収まった。
「これなら馬一頭で、街へ千個分運べる」
商隊長が目を見開く。
弥生は朝に作っておいた乾燥杏も見せた。半日袋に入れても互いに貼り付かず、香りも変わっていない。
捨てるはずだった籠が、今度は乾燥台へ向けて運ばれ始めた。子どもまで包丁を持ち、三ミリの木片を定規代わりにする。
商隊長はその場で街の菓子店へ送る注文票を書き、領主の印を求めた。
代官は捨て場を指して値を下げようとしたが、商隊長は乾燥杏の袋を自分の荷台へ抱え込む。
「軽い、潰れない、しかも甘い。街まで待てば他商会に取られる」
オルダは弥生の手を両手で握る。
「来年の杏も、全部この形で買い取ってもらえるそうだ」
注文票の数量欄には、まだ実ってもいない三万個と記されていた。