三分の通話料
伊都はスマートフォンのタイマーを三分に設定してから、父へ電話をかけた。
呼び出し音は二回で切れた。
「もしもし」
低い声が、記憶より少し遠かった。
「三分だけなら話せる」
父はすぐに何か言い返すと思ったが、受話口の向こうで時計の秒針だけが鳴った。
「三分って、面接か」
「長くなると切れなくなるから」
「誰が切れなくするんだ」
「その質問を始めると三分終わるよ」
父が息を吐いた。伊都は台所の床に座り、冷蔵庫にもたれた。画面では残り二分二十秒。父からの着信を無視して八か月、削除しかけた番号を、今日だけ押した。理由は一つではない。だが説明すれば、父は理由を採点し、正しいものだけを残そうとする。だから説明しない。
「米が届いた」
父が言った。
「送ってない」
「おばあちゃんのところからだ。お前の分もある」
「宅配便で送って」
「取りに来ればいいだろ」
「行かない」
「いつまで意地を張る」
残り一分三十秒。伊都は膝を抱えた。
「意地じゃなくて、距離」
「同じだ」
「同じじゃない。距離があるから、今こうして話せてる」
また秒針が聞こえた。昔、電話のそばに置かれていた丸い時計と同じ音だった。門限を一分過ぎるたび、父はその時計を指で叩いた。
「仕事は」
「話さない」
「体調は」
「元気」
「本当に」
「その確認は一回まで」
残り四十秒。父は何かを飲み込むように黙った。
「米は送る。住所は前のでいいんだな」
「いい。差出人は名前だけにして。『父より』って書かないで」
「俺は父親だ」
「今日は、その役割じゃなく話したい」
アラームが鳴った。伊都は反射的に通話を切りかけ、指を止めた。
「時間」
父が言った。
「うん」
「来週も三分か」
「来週は無理」
「じゃあ再来週」
命令でも説教でもない言葉に、伊都は少しだけ眉をほどいた。
「水曜の九時。私からかける」
「分かった」
通話を終える。三分十八秒と表示された。
伊都は超過した十八秒を失敗とは数えなかった。次の水曜日をカレンダーに入れ、通知時間を九時ちょうどにした。