三度目の目覚まし

父が一人で娘を育てるようになってから、古い目覚まし時計が妙な鳴り方を始めた。

毎晩三度だけ鳴り、針は翌日に最初の小さな事故が起きる時刻を指した。

誰に何が起きるかは分からない。

七時二十分なら、娘が牛乳をこぼす。

十六時十分なら、自転車の鎖が外れる。

父は時刻の前になると周囲を片づけ、娘へ何度も注意した。

「七時二十分だから、ゆっくり」

「十六時十分は自転車に乗らないで」

娘は次第に時計を嫌った。

「失敗する前から怒られてるみたい」

父は、

「怪我をしないためだ」

と答えた。

ある夜、時計は二十一時を指した。

父は家中を点検した。

ガス、風呂、階段、窓。

娘の宿題まで確認し、何も起きないよう二人で居間に座った。

二十一時。

父の手から湯飲みが落ちた。

割れなかった。

その直後、父自身が床へ崩れた。

過労と睡眠不足だった。

娘が救急へ連絡し、近所の人を呼んだ。

入院は一晩で済んだが、医師から働き方を変えるよう言われた。

「時計、知ってたのに」

娘は病室で怒った。

「自分のことだと思わなかった」

「いつも私の失敗だと思ってたんだ」

父は返事ができなかった。

父は、娘を守る役へ逃げ込むことで、自分の限界を見ないようにしていた。

娘は守られるだけの子どもではなく、父の顔色も、空になった冷蔵庫も見ていた。

退院後、時計はまた鳴った。

翌日の十七時四十分。

父が不安そうにすると、娘は言った。

「その時間、二人で気をつけよう」

翌日、十七時四十分に夕食の皿が一枚欠けた。

娘が落とした。

父は叱らず、二人で破片を拾った。

「事故、これだけ?」

「たぶん」

「じゃあ、夕飯続けよう」

父は勤務を一部減らし、娘は家事を少し担当した。

時計が鳴る夜も、誰の失敗か決めつけなくなった。

時刻の前に家族で顔を合わせ、

「今日、無理してる人は?」

と確認する。

古い目覚ましは、小さな事故を止めてはくれない。

ただ、失敗する可能性があるのは誰でも同じだと、翌日の時刻で知らせる。

皿が欠けても、予定が崩れても、そのあと一緒に片づける人がいれば、事故は家族を責める理由にはならなかった。