三度目の電子レンジ

高城は玄関でパンプスを脱いだまま、しばらく動けなかった。

 午前零時四十三分。天井の照明は白すぎて、床の埃までくっきり見える。エアコンは二十六度で回り、窓には細かな雨が当たっていた。鞄の中で会社用のスマートフォンが一度震えたが、取り出さなかった。

 壁の向こうで電子レンジが鳴った。

 短い三音。それから扉を開ける音、皿を置く音。二分もしないうちに、また回転が始まった。低いモーター音が壁を震わせ、終了の三音が同じ高さで届く。

 隣の人は、ときどき食べ物を三度温める。

 一度で熱くならないのか、途中で忘れるのか、違う皿を順番に入れているのか。高城には分からない。ただ三度目が鳴ると、隣の夜食が始まったのだと思う。

 冷蔵庫には、昨日買った卵粥がある。けれど高城は「こんな時間に食べると重い」と考え、ソファへ座った。夕方、会議の前に小さなクッキーを一枚食べただけだった。

 会社のチャットには、遅くまで働く人ほど偉いような文章が流れてくる。高城も「確認します」「対応します」と返し続け、空腹まで業務の一部にしていた。誰も食べるなとは言っていないのに、自分だけが許可を待っている。

 二度目の三音が鳴った。

 高城は冷蔵庫を開けた。青い庫内灯の下で卵粥の容器が冷えている。蓋を少しめくり、レンジへ入れた。回転皿がゆっくり回り始めると、隣室のモーター音と低く重なった。

 こちらが先に止まった。三音が鳴る。温められた卵と出汁の匂いが、冷たい部屋へゆっくり広がった。高城は初めて、自分が空腹だったことを体の方から知らされた。肩の奥がほどけるように重くなり、立ったまま深く息を吸った。

 ほとんど同時に、向こうでも三度目の終了音がした。偶然の合図のようで、高城は誰もいない台所で小さく笑った。

 粥はまだ中央がぬるかった。もう一度三十秒を押す。完璧な時間を一度で選べなくても、温め直せばいい。

 雨が窓を打ち、二つのレンジが順番に黙った。高城は会社用のスマートフォンを鞄に入れたまま、湯気の立つ容器を両手で持った。

 一人で食べる夜食は、誰かに許されなくても温かかった。