三秒で決める味

宮地千紘は、商店街の果物店で十五分も蜜柑を選んでいた。

甘いほうがいいのか、酸味があるほうがいいのか。大きさは揃っているべきか。会社へ持っていくなら種がないほうが親切だろう。値札の前で考えているうちに、何が食べたいのかはわからなくなった。

千紘は子どものころから、外食でも旅行でも「みんなと同じでいい」と答えてきた。相手を困らせない便利な言葉だった。交際していた人と別れたときも、最後に行きたい店を訊かれ、「どこでも」と答えた。その店の味はもう覚えていない。職場の昼食でも、先輩が蕎麦と言えば蕎麦、同僚が節約したいと言えばコンビニにした。合わせるたびに感謝されるから、千紘は自分を気配りのできる人だと思っていた。けれど一人で入った店でも、メニューを閉じるまで十分かかった。誰も困らない場面でさえ、自分の好みだけでは決められなかった。

「口の中へ、最初に来てほしい味は?」

黄色いレインコートの女に横から訊かれた。五十代半ばくらいで、籠には形の悪い檸檬が三つ入っている。

「え?」

「甘い、酸っぱい、苦い。どれ」

「どれでも」

女は腕時計を見た。

「今ので四秒」

千紘はむっとしたが、女は悪びれない。芙美と名乗り、明日には船で島へ戻るという。檸檬は島への土産ではなく、船で齧るのだそうだ。

「酸っぱくないですか」

「だから買うの」

芙美は一番歪んだ檸檬を持ち上げた。

「明日、最初に好みを訊かれたら、三秒以内に答えてみて。正しい答えを探すと、舌が待ちくたびれる」

最後の一言は人生訓のようで、千紘は少し警戒した。けれど芙美はもう会計へ向かい、檸檬を一つ落として追いかけていた。

千紘は結局、会社用に甘い蜜柑を買った。自宅では一人なのに、誰かへ配る前提で十個入りを選んだ。

翌日の昼前、部署のグループチャットに「何食べたい?」と届いた。送別会の店を決めるらしい。すぐに「何でも大丈夫です」と打ち、親指を送信ボタンへ置く。

一秒。

昨夜、袋の底で潰れかけた蜜柑は、驚くほど酸っぱかった。千紘は台所で顔をしかめ、それでも二房目を食べた。

二秒。

打った文を全部消す。

三秒になる前に、千紘は「麻辣湯がいい。辛さは三番」と送信した。