上段ベッドは揺れない
元診療所を改装した若者向けの仮住まいに、寄付の二段ベッドが届いた。説明書はなく、部品箱には同じ長さのボルトが十九本。必要なのは二十本だった。
竹林温希と早坂龍平が組み立て役に指名されたのは、二人とも昼間の仕事が決まっていなかったからだ。
「一本足りないなら、上は使わなきゃいい」
「床で寝る人を減らすためのベッドだろ」
龍平は工具箱を探り、温希は廃棄予定の診察台を裏返した。脚を留めていたボルトが一本だけ同じ太さだった。長さは五ミリ余る。
「切るか」
「金ノコどこ」
「昨日、お前が缶詰開けるのに使ってた」
「使ってない。あれは別のやつ」
言い合いながら切り、やすりをかけた。枠を立てると、今度は左右が逆だった。二人で一度ばらし、組み直す。温希が上段へ乗って揺らし、龍平が下で筋交いを締めた。
「上、使えよ」
「嫌だ。出口から遠い」
「俺も下は嫌だ」
「なんで」
「上の足音がすると眠れない」
互いに理由を聞き返さなかった。温希は施設を転々とした夜、龍平は家の階段が鳴る夜を、それぞれ思い出していた。
結局、今夜は温希が上、龍平が下を使い、翌日は交代することにした。逃げたくなった方が先に階段を使うという、よく分からない決め方だった。
消灯後、温希はまた別の場所を探そうとスマートフォンを開いた。画面には、断られた住み込み求人が並んでいる。下で龍平が寝返りを打ち、ベッドはほとんど揺れなかった。
温希は、眠る場所が決まると逃げにくくなると思っていた。以前の簡易宿泊所では、同室者が暴れた夜、荷物を靴に詰めて窓から出た。龍平も消灯後しばらく目を開けていたが、廊下で誰かが歩くたび「職員」と小さく確認した。温希は返事の代わりに、組み直した接合部へ手を当てた。ボルトは緩んでいなかった。
朝、職員が空いた診察室へ予備毛布を置いた。温希は「新しい人が来たら、ベッドは交代で空ける」と言い、龍平は頷いた。追い出す相談ではなく、迎えるための空きだった。
枕元の柱には、余った金具で小さなフックが二つ付けられていた。片方に龍平の上着、もう片方は空いている。温希は椅子に掛けていた自分のパーカーを取り、空いた方へ掛けた。