世帯内一名

室生家の食卓には、塩と醤油の間に《世帯就労盤》が置かれている。

直央は味噌汁をすすりながら、いつものように中央の円へ指を置いた。住所、収入、健康、通勤可能時間が読み込まれ、二人暮らしの家に一つだけ与えられる正規雇用枠が更新される。

〈本日の最適就労者 室生直央〉

昨日と同じだった。直央が契約社員として働き、弟が家事を多く引き受ける配分を、AIは三年間「安定」と呼び続けている。

向かいでは冬馬が、片手でトーストをちぎっていた。もう片方の手は生まれつき動かないが、キーボードを打つ速さは直央よりずっと速い。今日は、ゲーム会社の最終選考結果が出る日だった。冬馬が作った迷路ゲームを直央は昨夜も遊び、午前二時まで出口を見つけられなかった。

盤が短く鳴った。

〈ネブラゲームズ 採用推薦〉

〈候補者 室生冬馬〉

〈世帯枠競合のため保留〉

冬馬の目が一度だけ輝き、すぐに消えた。

「兄貴の物流の方が給料、高いもんな」

直央は来月、正規登用される予定だった。世帯最適化AIは、同じ住所から二人を正社員にしない。家庭内の生活時間を確保し、失業を公平に分けるためだと説明されている。盤の裏には、笑顔の家族と「一世帯、一つの安定」という標語が印刷されていた。

「住所だけ分ければ」

「家賃が二つになる。あと、通院の日どうするんだよ」

冬馬は平気そうにパンを食べた。画面の端で、ネブラゲームズの回答期限が三分を切る。彼の指先だけが、テーブルの下でゲームの操作キーを打つように動いていた。

盤には二つの選択肢が出た。

〈世帯代表として直央の推薦を確定〉

〈直央が就労枠を放棄し、再計算〉

「押すなよ」と冬馬が言った。「俺、別に次があるし」

その言い方が、子どもの頃、靴ひもを結べないことを「別に困ってない」と言ったときと同じだった。

直央は二つ目を押した。

円が赤くなり、彼の名前から〈正規雇用候補〉が消える。代わりに冬馬の端末が震えた。

〈採用確定。初出勤は月曜日です〉

冬馬が顔を上げる。喜ぶより先に、直央の画面を覗き込んだ。

〈世帯内生活支援要員として登録しました。住所変更まで応募資格はありません〉

「兄貴」

直央は盤を伏せた。冬馬のゲームで迷った夜より、出口ははっきり見えていた。冷めかけた味噌汁を、最後まで飲んだ。