世界線分離調停・第十二号
【世界線分離調停・第十二号】
申立人A――セラフィア・ノーム
申立人B――カスピオ・レイン
関係――分岐後居住区で成立した事実婚
調停官:
お二人は異なる原世界線から避難してきました。分岐事故の修復により、各自の原世界へ送還されます。
セラフィア:
同じ世界へ送ってください。
調停官:
不可能です。A世界ではカスピオ氏は十三歳で死亡。B世界ではセラフィア氏が出生していません。
カスピオ:
新しい第三世界線は作れないのですか。
調停官:
作成には、二つの原世界の消去が必要です。
避難居住区で二人が出会ったのは六年前だった。
セラフィアの世界では大陸戦争が終わり、妹が二人いる。
カスピオの世界では戦争は続いているが、彼の娘が生きている。
第三世界を選べば、その家族たちは最初から存在しなかったことになる。
調停官:
送還を拒否すれば、居住区の閉鎖とともに消滅します。
セラフィア:
二人で消えることはできますか。
カスピオ:
その案は却下する。
セラフィア:
私の質問です。
カスピオ:
君は妹たちへ帰る。僕は娘へ帰る。六年前に決めただろう。家族を消してまで一緒にはならない、と。
セラフィア:
決めたときは、別れる日が来ると思っていなかった。
調停官:
記憶保持の可否を選択してください。送還後、異世界線の記憶を消去できます。
カスピオ:
保持します。
セラフィア:
私も。
調停官:
原世界では、お二人の関係を証明する人物も記録も存在しません。精神的負担が予測されます。
セラフィア:
誰にも信じてもらえなくても、彼と暮らした六年を病気にはしないでください。
送還直前、二人は結婚指輪を交換した。
互いの世界には存在しない金属でできており、門を越えれば崩壊する。
カスピオ:
戻ったら、娘へ君の話をする。
セラフィア:
私は妹たちに、夫がいたと言う。
カスピオ:
信じるかな。
セラフィア:
信じなくていい。私が知っているから。
【処理結果】
A、Bを各原世界へ送還。
第三世界線生成申請、撤回。
指輪、転送時に消失。
調停官の記録には、最後の会話が一行だけ追記された。
〈二人は互いを選ばなかったのではない。互いの世界にいる、相手が愛した人々を選んだ〉
別々の世界で、セラフィアとカスピオは同じ夜に薬指へ触れた。
そこには何もなかった。
だからこそ、失った輪の形だけが、二人の結婚を誰より正確に覚えていた。