二人で借りる部屋
芳賀暁登は通勤前、住宅アプリで新着物件を一件見る。信用点数八八六なら、駅近の部屋でも内見予約はほとんど即決だった。
恋人の小夜帆と暮らす部屋を決めた朝も、審査には三秒しかかからないはずだった。
無人の内見室で二人が顔を並べる。画面には暁登八八六、小夜帆八四一。賃貸審査は、同居する全員のうち最も低い信用点数で判定される。最低基準は七百五十だった。
《申告世帯人数と検出人数が一致しません》
《世帯人数:三》
《最低信用点数:〇》
「三人?」
暁登が小夜帆を見る。彼女は腹部へ手を置いたまま、画面を見ていた。
判定欄に、小さな人型が追加される。
《未登録世帯員》
《信用履歴なし》
《信用点数:〇》
小夜帆は昨夜、検査薬で妊娠を知ったという。まだ病院にも家族にも話していない。だが内見室の体温計と呼吸解析は、二人より先に三人目を世帯へ数えていた。
「信用履歴がないのは当たり前だろ。まだ生まれてない」
暁登が抗議すると、画面は同じ規則を表示した。
《居住空間を継続利用する者は、出生前であっても同居人として扱います》
《審査は最低点を採用します》
不承認。
小夜帆は笑おうとした。
「別の部屋を探そう」
検索条件を下げても、最低点〇では結果が一件も出ない。短期宿泊施設も、親族宅への転居登録も、同じ世帯判定を使う。
画面の下に《修正して再審査》が現れた。
世帯員一覧には、暁登、小夜帆、未登録者。その横にそれぞれ削除ボタンがある。
暁登が自分を消すと、小夜帆と未登録者の最低点は〇のままだった。小夜帆を消せば、暁登一人として審査に通る。未登録者の削除ボタンだけは灰色で、《医学的処置確認後に選択可能》と書かれていた。
二人とも、その言葉を声にしなかった。
内見時間の終了音が鳴る。玄関の鍵が自動で開き、退室を促した。
小夜帆は窓辺に立ち、空の子ども部屋を見た。柔らかな午後の日差しが、まだ誰も使っていない床へ落ちている。
暁登は申請画面へ戻り、《小夜帆を削除》を押した。
彼女が振り向く。
次の瞬間、単身契約の承認が出た。
「先に俺だけ借りる。お前たちは、審査に入れない客として入ればいい」
暁登は言った。画面はすぐ警告を返す。
《未申告同居が確認された場合、即時退去となります》
小夜帆は腹を抱えたまま、「三人で追い出されよう」と笑った。
暁登は契約ボタンを押した。承認音だけが、空の子ども部屋まで明るく響いた。